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二人で育てよう

 会社です。主人が給湯室で、田井さんと小田さんに囲まれいます。妊娠6ヶ月目ですが、主人はいたって元気です。お腹が目立ってきたのを見て、私の母にマタニティードレスをプレゼントされました。着るのを嫌がっていましたが、着れる物がなくなったので着ています。襟無しなのでスーツを羽織っています。

「日下部さん。お腹が大きくなりましたね。」

「もう、6ヶ月だからね。そう言えば、こないだ席を譲られたよ。」

「へえ。親切な人がいるもんですね。」

「いやあ。それが、白髪のおじいさんでね。前からたまに見かけていたんだけど。その人は不思議と妊婦さんがわかるんだよ。」

「へえー。」

「この人はすごいんだよ。少し離れた人でも、後ろ姿から妊婦さんを見つけては、肩をたたいて席を譲っているだ。今回も座る気は無かったのでびっくりした。あわてて、隣の人が、おじいさんに席を譲っていたが、おじいさんは頑として座らない。」

「変わった人ですね。孫娘に妊婦さんがいるのかしら。」

「そうだろうね。助かったけど。『お嬢さん。共働きかい。そんな体で大変だね。』というんだ。女にと間違えているんだ。」

「・・・」

 田井さんは思わず絶句です。妊娠までしておいて、今更なんと言うんだろうと思いましたが・・

「・・・まあ、それはおいといて、大きなお腹になりましたね。」

「うん。興味半分で妊娠したけど。すっごく、後悔している。こんなに大変だとは思わなかった。」

「そうなんですか。」

「胎児で1~2キロ、それに羊水もあるんだぞ。胸の贅肉どころじゃない。これからどんどん大きくなるだ。僕はどうということないけど、ウチの奥さんはしょっちゅう寝込んでいる。」

「へえー。」

「でもね。お腹を蹴ったり、ごそごそと動くんだ。僕のお腹の中でね。愛≪いと≫しいよ。たまんないよ。」といってお腹をさすります。

「お母さんみたいになってきましたね。」

「うっ、違うよ。僕は男だからね。」

「はいはい。」と笑う田井さんと小田さんです。


 ここは会社です。まもなく、9ヶ月目というところになりました。主人は元気に仕事をしています。ですが、さすがにお腹がしんどそうです。よくやっていますねえ。机の書類を片付けて、キャリーバッグに詰めています。大きな本をバックに入れているですがしんどそうです。それを、見て井村課長が声をかけました。

「おお、帰るのか。何しているだ。やりにくそうだな。」

「食品添加物公定書解説を詰めているですが、最近はかがむのがしんどくって・・」

「なるほどな。そのお腹じゃ。手伝ってやろう。これを持って帰っているのか。」

「ええ、みんなが見る物なんで、家に置き放しとは行かないんでね。」

「ふーん。」

「後は、日下部出張所にご連絡お願いします。SOHOなんで、早く帰えれるから助かりますよ。やってよかった。」

「こんなに早く帰るって、家事とかもしているか。」

「ええ、ウチの奥さんは、早くも入院しちゃてね。家事もやらざるえなくなって。大きなお腹抱えて大変ですよ。」

「そうなのか。」

「今だったら、妊娠・出産と家事とどっちかを選べといわれたら、間違いなく家事をとりますね。仕事もあるし、最初の予定通り中絶してりゃよかったと後悔しています。」と笑っています。

「まあ、そうだな。仕事と家事だけも大変だろう。」

「でもね。僕が引き受けなかったら、この子はこの世にでれなかったかもしれない。そう思うとこれで良かったと思います。」

 そう言って、大きなお腹をなぜつつ、キャリーバッグを引いて事務所を出ます。

 主人を見送って、井村課長がぽつりといいました。

「あいつずいぶんお母さんらしくなったなあ。口では男だ。男だと言っているが・・」


 ここは会社です。休日に日総システムの坂本さんと桜居さんがサーバーの画面を見ながら作業をしています。主人は大きなお腹を抱えてすわっいています。

本日は、サーバーのOSの更新です。坂本さんは営業、桜居さんはプログラマーです。開発機で十分確認しているので、問題ないはずです。

「大きくなりしたね。何ヶ月ですか?」

「10ヶ月ですよ。もう、予定日を2日過ぎてます。」

「えー、そんな状態なんですか。大丈夫ですか?」

「いや、大丈夫です。時期的にはヤバイなあと思ったんですが、何の兆候のないんで・・。それに今回は、OSの交換で見ているだけでしょ。実はもう会社は休んでいるですよ。」

「それにしても・・・おい、桜居、はやくしたほうがいいぞ。」

「はい・・そうはいってもな・・」


 2時間ほど過ぎ、作業は終盤になりました。主人はにこにこしてみてましたが・・・ちょっと、おかしくなってきました。

(うっ・・・あれ?来たかな。痛みが・・)

 坂本が主人の様子がおかしいのに気がつきました。

「日下部さん。大丈夫ですか!顔色が・・」

「う!やばい・・」

 主人の額に汗がでてきています。痛みが来たようです。

「え?産気づいたですか!」と坂本さんが聞きます。

「なんか・・そんな感じだ。」

 主人はそう言って、守衛室へ電話します。

「すみません。タクシーの手配をお願いします。」

「おい、桜居まだか。」

「よりによってこんなときに・・・」と桜居さんも焦っています。

「気にしないでください。まだ、始まったばかりです。数時間はありますから・・・・あう!」

「おい、まだか。」と坂本さんが叫びます。

「そんな・・」と桜居さんは汗をかくばかりです。

「だいじょうぶですよ。本当に・・・」

 そう笑いますが、大変そうなのは変わりません。

「ああん・・あっと。」

 坂本さんも焦ります。

「・・・・・」

 桜居さんも焦っていますが、時間がかかるのは同じです。

「・・・・・」

 二人でじっと画面を見つめるばかりです。早く終われと祈りながら・・


「まもなくです。よし・・・・あっと。それ!お・・終わりました。」

「ちょっと、確かめていますから・・・よし、さあ、起動しろよ。」

「・・・・」

「起動した。よし!終わりました。」という桜居さん。

「さあ、片付けはしときますから・・さあ、はやく。」

 そう言って、書類を片付ける二人です。

「でも、部屋の電気をけさないと・・」とのろりと立ち上がる主人です。

 坂本さんは気が気じゃありません。主人にエレベータに行くようにいいます。

「いいから!やっておきますから。」


 一階に降りて、主人は守衛室へ来ます。

「守衛さん。終わりました。車は来てますか?」

 主人の様子を見て、守衛さんもびっくりです。

「日下部さん。タクシーが来ていますよ。顔色が・・何かあったんですか。」

 

「作業中に産気づいたんですよ。ちょっと、病院へ行ってきます。」と苦笑いして言います。

「え?ホントですか。そりゃ大変だ。」

 

「じゃ。皆さん、後はよろしくお願いします。」と言ってタクシーへ乗り込みました。

 主人が乗り込むとすぐ運転手がききました。

「産気づいたんですか。」

「ええ、そうみたいなんです。仲野病院へお願いします。」

「だいぶんありますよ。」

「かまいません。診察してもらっている病院なんで・・妻もいますし・・うう。」

「わかりました。ちょっと飛ばしますんでがまんしてください。」

(ん、ツマ?・・まあいいか。よっぽどあわてているんだな。)

「はい・・」

 こういうときに限って渋滞です。

「あああ!来たー。」

「ひゃーーあ!我慢してください。」

 主人がうんうんとうなるので気が気でありません。

「くそ!前の車め・・・・早く行けよ。」

「うう!・・大丈夫です。」

「車の中で産まないでくださいよ。」

「はは、その気はありません。でも・・・あっ!」

「ひぇーー、警察に電話しまししょうか。」

「いえ、大丈夫・・大丈夫。」


 タクシーは1時間ほど走り、仲野病院につきました。

「お客さん。つきましたよ。」

「あっ・・・ん??・・・・とまった。」

「え?」

「ありがとうございました。いくらです?」

「とまったて・・・ 」

「ええ、陣痛が止まったみたいです。」とさわやかな顔で答えます。

「・・・・・1200円です。まったく、もう。」

「お騒がせして、すみませんでした。」

「まあ、無事でよかったな。元気な赤ちゃん産めよ。」

 運転手さんも安堵した顔です。


 私がベットから体を起こして、来栖先生の診察を受けいていました。ごはんもろくに食べられなくて、点滴を受けいます。そこに、主人が大きなおなかを抱えてやってきました。私も後一月ほど負けてはいません。

「あっ!ダーリンが来た。」

「拓也か。どうしたんだ。おまえは明日から入院すると言ってなかったか。」

「いやあ。会社へ行っていたら、陣痛が始まちゃってね。ここへきたとたんにとまりましたけど。」

「陣痛?初めての陣痛か?」

「ええ、子宮口が開いていないから、大丈夫と看護婦さんに笑われました。こんなのを2,3日繰り返して、やっと、本物の陣痛なんだって。」

「大体、なんでおまえ会社へ行ったんだ。」

「家でヒマだったです。OSの入れ替えぐらいなら、見てるだけとおもったんですけど。」

「こんなときに、動くやつがあるか!破水したらどうするんだ。」

「すみません。」

 人差し指を前でつきあわせて、うつむきかげんです。完全にしょげています。

「もう、入院しておけ。おまえの奥さんがすべて準備していると聞いたぞ。」

「千香、そうなのか。」

「ちゃんと、用意しているで。寝間着に、タオル、歯ブラシ、下着もあるでぇ。」

「なるほどなあ。」

「はよはよ。ダーリンはここ。」とそう言って、満面の笑みで空いたベットのクッションをたたきます。


 夜のとばりが降りるころ、大きなお腹をした二人が、吹き抜けののテラスの手すりに手をかけ語らう姿がありました。

「ねえ、ねぇ、子供のなまえどうする?」

「僕のお腹の子は女だったね。」

「私の子は男よ。」

「女の子は、由縁ユカリというのはどう。」

「いいわねぇ。ダーリン似の美人になるといいわ。私の子は、智勇サトルというのはどう?」

「はやくでておいで」

 そういって、お互いのお腹をなでる二人でした。


 仲よさそうな二人をみて、看護婦さんがいいました。

「あら、姉妹で出産なの。仲良くていいですね。」

「何言っているの。あんた新人だからしらないのね。あれは夫婦よ。」

「え?夫婦?」

「日下部夫婦よ。あんた知らないの。背の高いのが、拓也で旦那さん。もう一人が千香さん。名札にあったでしょ。」

「えーー。ちょっとまってくださいよ。拓也ということは、元、男なんですか。」

「そうよ。」

「男なのに、どうして、妊娠できるんですか!?」

「男でも子宮があればできるのよ。子宮がある特別な体らしいわ。体外受精で妊娠したんですって。まったく、医学の脅威というものよ。」

「ひぇー、みんなそんなすごいこと良く平気な顔でいますね。」

「もう、10年以上もここに通い詰めているからね。だれでも知っている仲野病院の常識よ。」

「ひぇー」

 そう言って、看護婦さんは主人をみます。あの顔、あの胸、あのスタイルとどっから見ても女です。


 翌日です。郡山優子さんが見舞いにきていました。彼女は、元薬業会の女性秘書の代表をしており、業界トップの武山薬品工業の社長秘書でした。主人とも仲良しです。専業主婦なので昼間のほうがお見舞いしやすいのです。

「えー、まだなの。予定日過ぎているでしょ。赤ん坊みれると思ったのに・・」

「そうなんだ。でも、もうすぐだと思う。」とお腹をなぜつつ元気に答える主人です。

「男か女かはわかったの。」

「僕が女の子で、妻の千香が男の子。」

「あれ?奥さんは、いっしょじゃなかったの。」

「あいつ、調子が悪くって、別室で寝ている。」

「そうなの。高齢出産は大変たものね。あんたの方が年上なのにどうして?」

「僕って、初潮が28才だろ。あれからまだ、10年ぐらいしかたってないからだって。千香は24年たっている計算になるらしい。」

「ふーん。なるほどね。」

 その時です。突然主人の顔色が変わりました。

「ん?・・・いてぃ・・ありゃ。きたかな。」

「ええ!わあ,大変・・・看護婦さん!」と大慌ての郡山さんです。

「いいよ。まだ・・・あっっ。郡山さん、そういうことで、じゃまた。もう、帰っていいから・・」

「そんなあ。」

 結局、主人は急速に陣痛が激しくなり、分娩室へ移動となりました。そして、たった1時間後には、無事出産! 私は全然知らずに眠りこけている中、郡山さんに見守られて、女の子を産みました。なんで、男のこいつか簡単なの!世の中間違っている。


 数日後のことです。長女は新生児室、主人は私の側で心配そうに見守っています。私は点滴をしつつ、ウトウトと眠るばかりです。来栖先生がやってきて、主人の肩をたたきました。

「日下部、ちょっと話がある。」

 そう言って、部屋を出て、談話室へ行きます。

「なんでしょう。」

「おまえの奥さんのことだがな・・」

「はい。」

「ちょっと、やばい。帝王切開は当然だが、筋腫も取らないとらないとな。」

「そうですか。」

「筋腫が予想したより大きい。大手術になる。覚悟していてくれ。」

「わかりました。」

「それにまだある。問題は子宮をこれだけ切り裂いちゃうともう妊娠できないということだ。無事出産できてもこれが最後となるだろう。」

「ズタズタになるということですね。」

「ああ、子宮というのは血管が入り組んだ臓器だ。出血すると大変ことになるなあ。」

「はい・・」


 そして、さらに数日後、私は帝王切開で無事出産しました。翌日寝込んでいましたが、やっと、会えた我が子を主人が抱いて見せに来てくれました。その隣には主人が産んだ長女がいます。元気がなかった私もさすがに子供を見て少し持ち直しました。

「ほおら、ママですよ。智勇サトルちゃん。」という私です。

「かわいいだろ。パパがお乳をあげるからね。」

「だめよ。あんたは自分が産んだ由縁ユカリを育てなさいよ。」

「ためだめだよ。ママの乳じゃ。栄養失調になったらどうするんだ。」

「何言っているよ。大丈夫よ。私だって乳出るもん。」

 看護婦さんが私たちの二人に言い争いをみて笑っていました。

 これが夫婦の会話でしょうか?

「 ・・・・」と主人が突然無言となりました。

 そして、 智勇サトルを抱いたまま、私の頭を抱えます。

「・・でも、生きてて良かった。二人の子供だ。二人で育てよう・・」

「うん・・・」


 そう言って、私より豊かな胸を押しつけてきます。

(うっ、ちちくさい・・)

 そのとき、すっかり、忘れていた由縁ユカリが目を覚ました。

「ふぎゃーーー」

「あらあら、おきたのね。」と看護婦さんが抱き上げますが、なかなか止まりません。その声で、すくすくと寝ていた智勇サトルまで、二重奏の泣き声です。前途多難です。

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