まちがいないです。僕は男です。
時間は妊娠する数年前に戻ります。大阪の運転免許センターです。『注意一秒怪我一生』と言う幟がはためいています。
今日もたくさんの人が長いすに腰掛けて順番を待っています。ショートパンツから網タイツをにょきりとだし、サングラス付きのバイザーを付けた美人が本をよんでいます。赤い口紅に色っぽい服装をしています。いつものように、たまの外出の時だけ、男心をそそる格好する迷惑なやつです。
ここは免許センターの受付です。事務服姿の婦人警察官の菅原陽子は、さっき受け取った書類をまじまじと見つめていました。それを見て上司の川田知之が声を掛けました。
「どうしたんだ?」
「はあ、免許更新の申請書なんんですがね。性別が男なんですよ。」
「それがどうした。」
「あそこに座っている網タイツの女性見えます? あの人の申請書なんですよ。」
「なかなかの美人だな。最近は、性転換手術とかして、女になるオカマ野郎はどこでもいるだろう。写真も間違いないし問題あるか?」
「うーん。ちょっと、気になるんです。女らしすぎますよ。声は高いし・・一番は体臭ですね。」
「声を高くする手術もあるらしいが、体臭とは?」
「一度会ってみてください。香水じゃないんです。女の体臭なんですよ。」
「ふーん。」
その頃、主人は何も知らずに順番を待っていました。がっちりとした体格の男のひとが主人に声をかけます。鼻の下がのびています。
「バイトかあ。大変だな。良い仕事あるか。」
「いやあ。これはアルバイト情報誌じゃないんですよ。ほれ!CPUとかOSについて書かれた本です。」
「うぁあ。なんか難しい本よんどるなあ。」
主人の読んでいる「バイト」という雑誌です。この雑誌は、日経バイトというコンピューターの本です。アルバイト情報誌ではありません。私なんぞがみたら、頭の痛くなる本です。
その時、突然、構内放送が流れました。
「整理番号34番の日下部拓也様、受付までお越しください。」
「ん?僕のことかな。」
主人が受付に行くと、初老の男性かで出来ました。
「すみません。交通課の課長しています。川田知之といいます。日下部拓也さんですね。」
「はい、そうですが・・」
「ちょっと、おききしたいことがありまして・・ちょっと、菅原さん、お茶をお出しして。」
「はあい。」
菅原陽子はにこにことしながら湯飲み茶碗を3つもってきます。
「すみませんねえ。わざわざお呼びだてしまして・・」という菅原さんです。
「なんでしょう」と主人が聞きます。
「本当におきれいですね。」と菅原さんがニコニコしていいます。
「ありがとうございます。」と答える主人です。
「お勤めはどこてすか。お仕事は何をしているですか。名刺はお持ちですか。」
「製薬会社の開発です。主に法令関係の仕事を・・これが名刺です。」
「東亜製薬ですか。大企業ですね。ん?日下部美希・・拓也ではないのですか。」
「こんな格好していますんで、さすがに、拓也とは名乗れません。」と頭をかく主人です。
「まあ、確かに、でも、よく会社が認めてますね。」
「いろいろありまして・・・ところで、何のようなんです?さっきから、根掘り葉掘りと聞いていますが・・」
「あっ、申し訳ありません。こちらの申請書類は、男性となっていますがまちがいないでしょうか。」と川田さんが書類を指さしてききました。
「まちがいないですよ。僕は男です。まあ、オカマです。」
「本当ですか?その胸の膨らみも本物ですか?」
「ええ、そうです。何か、問題がありますか?」
「いや、失礼しました。あんまり、男なのにお綺麗なんで・・ほら、菅原、間違いないそうだ。」
「ごめんなさい。まあ、せっかくですから、そのお茶を飲んで下さい。すぐに手続きにはいります。」と平謝りする菅原さんです。そう言って、書類に判を押し、コピーを取り始めました。
「日下部さん、これをもって、写真のところ向かって下さい。」
「はい、わかりました。」
無事に主人は免許の更新を受けることができました。男であることを証明してくれる唯一の武器です。写真もかわいいく写ったみたいです。なかなか綺麗に写らなくて悩むものですが・・
その後の事務室です。主人がでて行った後、交通課主任の菅原さんが聞きます。
「課長、どう思います?」
「確かに、女の体臭だな。香水じゃない。男が化粧しているだけとは思えない。」
「事件の匂いがするんですが、このままでいいですか。」
「まだ、何の確証もあるわけじゃない。今日のところは普通に免許を交付しよう。普通に手続きを進めてくれ。」
「わかりました。湯飲みは鑑識にもっていきます。」
「うまく指紋が採れるといいな。ついでに、前科がないか調べてくれ。」
「わかりました。」
あらあら、きな臭いことなってきましたよ。
数日後のことです。写真と書類を見てうなっている菅原陽子さんに、上司の川田知之さんが声をかけました。
「菅原、どうだった?」
「前科かありました。10km/hの速度違反ですね。21才です。指紋もありました。」
「免許とりたての頃だな。指紋があったか。そんな軽いのでも指紋をとってたのか。」
「捺印の代わりとかいって、収集していたみたいですね。いまじゃ考えられませんが・・」
「・・・で、指紋はどうだった。」
「一致していないんですよ。」
その返答には、驚きの顔の川田課長です。
「え?そんな馬鹿な。日下部拓也は、別人だったのか。」
「そうです。いわゆるネズミ取りです。警官が免許証も確認しています。本来の免許証保持者とは別人可能性が高いですね。」
「採取ミスかな。どうせ1本だけだろ。」
「まあ、これだけですと証拠としては不十分ですが・・」という菅原さんてず。
「性転換手術に入れ替わりか?そんな小説みたいなことするか。」
「実際に、指紋が一致していないですからね。ちょっと、調べる必要はありませんか。」
「うむ。そうだな。」
あれあれ、えらいことになってきました。どうして、指紋が違うのでしようか。
商店街の裏通りに、菅原主任と川田課長がやってきました。ここは、書類にあった現住所です。1階がシャッターになった小綺麗な家の前にいます。菅原主任は婦人警官の制服で、川田主任は背広です。菅原さんが当たりの表札を見ています。
「住所からすると、ここですね・・・あった!」
「ポストには、日下部拓也と千香か。ここらしいな。」
「日下部美希というのは無いですね。」
「ちょっと、聞き込みをしてみるか。」
向かいの家の人に声を掛けます。ちょうど、ジョロをもって50代ぐらいのおばさんが出てきました。
「すみません。警察のものですが・・」
「はい、なんでしょう。」
「ここのご主人の拓也さんのことをご存じですか?」
「いえ、付き合いがあんまりないんで・・良くしらないんです。」
「そうですか。」
「うーん。隣に聞いてみるか。」
不発でした。つきあいがよくないようです。
「すみません。警察のものですが・・」
ガラガラとガラス戸が開いて、おばさんが出てきました。
「はあい。」
「ここのご主人の拓也さんのことをご存じですか?」とまずは川田課長がききました
「たっちゃんのこと?小さいころから知っているわよ。」
「小さい頃から、そうですか。すると、古くからここに住んでいるですか。」
「ええ、表通りの酒屋さんの御曹司よ。しかし、オカマになるとはねえ。幸いかわいい奥さんと結婚したみたいだけど。」
「そうなんですか。お勤めはどこかご存じですか。」
「何とかという製薬会社と聞いているわ。ホントによく首にならなかったわね。よっぽど万がよかったのよね。」
「日下部美希さんという人はご存じですか。」と菅原さんが尋ねます。
「ミキ?だれなの?そんなひと聞いたこともないわよ。」
「そうですか。表通りの酒屋というのはどこです。」
「通りを隔てたアーケード内の日下部酒店よ。でも、今は閉めているわよ。ご主人が入院したんだって。」
「そうですか。ありがとうございました。」
歩きながら菅原主任は、川田課長に聞きます。
「拓也というのは、古くか住んでいる人みたいですね。実家という酒屋に行ってみますか?」
「閉めているというから無駄だろう。」
「じゃあ。入院しているという病院に行きますか。」
「調べるのに手間がかかりそうだな。先に、会社に行ってみよう。」
ここは東亜製薬の玄関です。受付に菅原主任が聞いています。
「すみません。警察のものですが・・」
「はい。なんでしょう。」
「ここに日下部拓というものがいますか。」
「日下部拓也・・」
そう言って、机の下の書類を見ています。
「いえ、食品部に日下部美希というものはいますが、拓也というものはいません。」
「あっ、そうです。その人です。その上司の方はだれですか?少しお話を伺いたいのですが。」
「わかりました。食品部に連絡してみます。」
警察が尋ねてくるということは、ただ事ではありません。食品部は大騒ぎになりました。総務部や広報室にまで連絡して、だれが応対するかもめて、時間がかかりました。結局、上司に会いたいというので田口部長と総務部長が会議室で会うことになりました。
「私は食品部長の田口裕太です。」と言って名刺を出します。
「私は総務部長の吉原朋和です。」と同じく名刺を出します。
二人が緊張しているのを見て、川田課長が笑いながらいいました。
「そう緊張しないでください。殺人課でなく交通課ですから・・私は課長しています川田知之といいます。こちらが主任の菅原陽子です。」
「よろしくお願いします。」
「日下部美希のことでお話を伺いたいとか。彼女、何かしましたか?」と田口部長が聞きました。
「いえ、私の聞きたいのは日下部拓也さんのことです。会社では美希と名乗っていると聞きました。」と川田課長が言います。
「そこまで、ご存じでしたか。対外的には、日下部美希で通していますが、戸籍上は日下部拓也という男です。東亜製薬にオカマ社員がいるというのは内密にねがいます。」と吉田部長がいいます。
「そこが、不思議なんですが、どうして、そこまでしてその社員雇用しているですか?」
それには回答に困って、吉田部長が田口部長の顔を見ます。田口部長が答えました。
「いえ、別に意味はないですが・・好きで女になった訳でもないんで、首にできなかったといおうか・・うーん。」
「どういうことなんです。」
「昔、研究所にいましてね。ある日を境に、あれよあれよというまに女に変わっていったんですよ。性転換手術を受けたというか訳でもないのに首にできますか?仕事も出来ますし協調性もあり、女の姿という一点をのぞけば優秀な社員です。」
「そうですか。しかし、実に女らしいですよね。」
「ああ、それは、一時、会長秘書に異動したことがありましてね。女らしくするように躾られたからじゃないですか。」
「それだけじゃないでしょ。声も高いし、胸もおきい、髭もない、体臭も女です。あまりにも女らしすぎませんか。」
「そうは、言ってもねえ。実際、子宮があって、生理もあるといます。不思議じゃないでしょう。」
「生理があるんですか?」と菅原主任が驚いて突っ込みます。
「ええ、初潮が始まったときは、大騒ぎですよ。最初は、出血の原因がわからなくてね。でもその日を境に、女に変わっていったんです。」と田口部長が答えます。
「そんなことありえるですか?不思議に思わなかったですか?」と菅原さんが尋ねます。
「そうはいってもねぇ。」と田口部長も困り顔です。
「本当に元々男だったんですか?」
「それは確かですよ。昔、社員旅行に行ったこともあります。男湯に一緒に入ったけど。特に不審な点はありませんでした。今はあの体ですので、さすがに一緒にということはありませんけど。」と田口部長が思い出すように答えまする
「そうですか。その変身の課程で、言動が変わったとか。どっこか不審な点はなかったですか。」
「それはどういうことなんです?」
菅原主任は黙って、川田課長の顔を見ます。
「我々は、どこかの時点で入れ替わりがあったのではないかと推定しているです。」
これには、田口部長も驚きます。
「そんな馬鹿な。私は。実際、徐々に、声変わりし、胸が膨らみ、体臭が変化して行くのを見ましたからね。性格が急変したこともなかったですし・・あいつとは腐れ縁といおうか、採用したときからの付き合いです。何を証拠にそんなことを言うんですか!」
「・・うーん。実は・・10年前に採取された指紋がありしてね。今の指紋との一致していないですよ。厳密に言うと同一人物と同定もできないという程度なんですが・・」
「ホントですか。そんな馬鹿な。あいつの変身してゆくのを見ていましたが・・指紋まで変わるなんて!そんなことあるんですか。」
「成長の過程で変動することはあるようですが、成人ではあり得ません。」
「いや、しかし、あれだけの変身ですからね。うーん・・・仲野病院の来栖先生に聞いてください。あいつの主治医だから。えーと、名刺がありますよ。」
ここは、仲野病院の応接室です。菅原主任と川田課長がいます。
「産婦人科部長の来栖美香です。」
「交通課課長の川田です。こちらが菅原です。」
「私の患者の日下部拓也について、聞きたいということだったな。はじめに言っておくが私には秘守義務があることは知っているな。それで、何を聞きたい。」
「日下部拓也の性別です。」
「それは・・・うーん。男だろうな。」
「どういうことなんです?」
「女部分と男の部分が混在しているだ。キラメだからな。しかし、記憶も意識も生殖能力は男だ。それでいながら、豊かな乳房もあるし、子宮もある。しかし、卵巣がないから男だ。」
「え?それはどういうことなんてす。」
「いまのでわからんのか。しかし、そもそもなんでそれを聞くんだ?」
「実はですね・・・」
川田課長はこれまでの経緯を話し始めました。
「なるほどな。指紋が昔と違う点が問題と言うわけか。そこで、別人の入れ替わりを疑っているというんだな。私が断言するが別人ということはない。そこまで細かくチェックとてないが、指紋も変化したものと見て間違いない。」
「本当ですか。」
「私が十数年かけて追跡しているだ。間違いはない。特に体表面は完全に細胞置換が起こっている。DNAレベルで違うのだから指紋変化していて当然だ。」
そう言うと来栖先生はスゴイ剣幕で言い始めました。
「大体、オレがどんなに気をつかって、マスコミの餌食にならないように気を遣っているをしっているか!みんなも必死に守っているだぞ。おまえらの心ない行動であいつが化け物扱いされて自殺したらどう責任を取るんだ!」
本当は大切な研究対象だから必死に守っているのですが、そうとは言いません。
数年後のことです。ここは大阪の免許更新センターです。
新人の婦人警官が書類を見て首をひねっています。そこに菅原主任が声をかけました。
「どうしたの。」
「この申請書、おかしいですよ。」
「どこが?」
「あそこに見える女の人の申請書なんですが、性別が男なんです。」
そう言って、ロビーで座っている女性をさし示します。大きなお腹を抱えた主人です。
「ああ、日下部さんね。いいのよ。あの人は男で」
「そんなわけないでしょ。なんぼオカマでも男は、妊娠できませんよ。」
「いいのよ。あの人は特別だから・・」と言って笑います。
「・・・・」と新人さんは唖然とするばかりでした。
今回も無事免許更新されました。もちろん、主人は警察でこんなやりとりがあったことも知りません。まったく、人騒がせなヤツです。