逢瀬
出されたお題を基に百分間で物語を作ろうと言う企画で生み出された小説の一つ。お題は「賃金七百九十円」と「叶わぬ恋と知りながら」
僕は今日も、仕事をして必死にためたお金を使って彼女に会いに行く。僕の大好きな人。その人は僕の住む町から少し離れた町に住んでいる。僕は彼女の住むその町まで電車代三百五十円と、バス代四百四十円で会いに行く。
彼女は、僕の身には不釣り合いなほどの身分の人間だ。片や義務教育しか受けずに働く人間、片や大会社の社長の一人娘。彼女の父親は、彼女を自分の跡継ぎにするつもりでいるらしく、彼女には自由な時間は少なかった。それでも日曜日、彼女はその日だけは自由に一日を過ごすことが許される。僕はその日、彼女に会うために生き、働いているといってもいい。
とはいえ、僕がこの日の為に使える額は僅かに二千円ぽっち。往復の千五百八十円に、デートの最中に通る大きな公園の休憩所で彼女のために百二十円のジュースを一つ、出口付近で百円のアイスクリームを二つ買って一緒に食べる。残った百円で神社のおみくじを引いてそれっきり。代わり映えのしない道と中身だったが、それでも僕らは二人で一緒にいて、共に語り共に笑うだけで十分幸せだった。
いつものように彼女の家に向かうと、そこにはどことなく沈んだ顔をした彼女の姿があった。彼女は僕の姿をみとめると、ぱっと花が開くように笑顔になってこちらに手を振ってみせた。
「晶、待ってたよ。」
そう大声で叫ぶ彼女に、僕も負けじと大きく手を振りながら叫び返す。
「会いたかったよ、慶子。」
僕らは抱き合いながら熱烈に口づけを交わし、一通り済んで落ち着くといつもの場所へと歩を進めた。
二人で手をつないで歩きながらも、僕らの口は止まらない。互いの近況を聞きあったり、誰かの愚痴を言い合ったり最近嬉しく思ったことを聞かせ合ったり。
そんな風にして笑いあったりするなかでも、彼女はときどき寂しそうな、不安そうな、そんな様々な暗い感情が入り混じった顔を浮かべるときがあった。彼女はそれを僕に気付かせまいと明るく振る舞おうとしていたが、それでも隠しきれない様子だった。
夕方になって、とうとういつもおみくじを引いている神社まで来たとき、僕は思い切って訊ねてみた。
「ねえ慶子、今日は何だか沈んだ顔をしているけれど、何かあったの。」
「う、ううん。何にもないわ。晶の気のせいじゃない。」
「そう、それなら良いんだけど。」
彼女はそう言うがやはり、その顔には翳りが見えた。
おみくじを引いて、大吉だったことを二人で喜びながら境内の階段を降りようとしたとき、彼女は思い切った様子で口を開いた。
「私ね、結婚するの。そうは言っても今すぐじゃないわよ、高校を出て、大学を出てそうしたら私は父の決めた相手と結婚しなければならないの。」
実際なところ、僕はその言葉にあまり驚いていなかった。彼女の境遇を考えればそれは十分に有りえることだったからだ。
「勿論、反対はしたし貴方のことも話したわ。でも駄目だった。」
その次の言葉は僕にとっても意外な言葉だった。
「ねえ、私と一緒に逃げて。二人で駆け落ちしましょ。私、貴方を捨てて別の誰かと結婚する人生なんてまっぴら。お金なら、少しだけれど父の財布からくすねてきたし、どんな仕事だってしてみせるわ。どんなに辛くても貴方がいれば私はそれだけで幸せよ。」
僕は悩みぬいた末彼女の言葉を了承した。その先どうなるかは分からなくとも、僕もまた彼女と同じ気持ちだったからだ。きっと僕らは幸せな人生を送れる、そう強く願いながら僕らはこの町を飛び出した。
書き終わった後で気づいたのですが、「叶わぬ恋」な要素が薄かった気もします。
この二人は大変なバカップルで書いてて恥ずかしかったです。
二人の未来は暗いです。作者としてはあまり明るい未来は想像してません。現実ってのはそんなもんです。でもきっとこの二人はどんな状況でも幸せに感じていることでしょう。