お母さま
お母さまは、摂家の大納言家の姫君で、金泥…純金をニカワに溶かした絵具をふんだんにって尾形光琳みたいな画を描くのがお好きだった。
ご実家では、絵の具どころか毎日の食事にもことかくありさまだったけど、嫁いで、好きなだけ画が描ける。金で買われた哀れなお方と、人々には噂されていたけど、いつも画を描いて、幸せそうにしていらした。
私が生まれて間もなく、お父様が亡くなって、早くに未亡人となられたけど
もともと愛のない結婚と割り切ってらして
嫁ぎ先での、ぜいたくな暮らしを満喫しているご様子だったのに……。
お母さまのお部屋で二人は亡くなってた。
私は、うすく開いていた目を閉じてさしあげた。口もとの泡も、ハンカチで拭いてきれいにして、さしあげた。
お母さまは、一番のお気に入りの友禅に金色の帯をしてらして、きれいにお化粧をなさってた。
男の人も、軍服に勲章をつけて、軍人の正装をしていた。
そうして、お床の上に寄り添って寝ていらした。
二人とも、左手の薬指に、同じ金の指輪をして、お互いの手首をひもでしっかりと結んでいた。
これは、二人の結婚式なのだと私は悟った。結ばれるために、こうしたのだ。
私は声を殺してその部屋の中で泣いた。
騒ぎ立てれば、人が来て、ひもは解かれて、二人を離ればなれにするだろう。
たった一人で、静かにお母さまとの最期のお別れの時を過ごした。
恋に殉じたお母さま。
「お母さまの馬鹿。死んじゃったら、もうお好きな画も描けないのよ。」
お母さまのお葬式は小雨の降るなか、密やかに行なわれた。
進駐軍の青年将校と財閥の奥方の心中事件は、おじいさまによって、闇に葬られた。
お母さまと青年将校が、飲んだ毒草は、狐の手袋と於宇
昔、お母さまの二つ違いの弟君が、飲んで自死した毒草と同じだったという。
自死したのは、お母さまの恋人だと聞いていた。恋人は、お母さまが嫁がれるのを悲しみ自死したと……。弟君と恋仲だったのか……。結ばれない恋を二度もして……おかわいそうなお母さま。
恋は人を殺す。それほどの力がある。それを幼くして、思い知らされた私。
その時に誓った。
いつか私が恋に落ちて…そしてそれが、叶わぬものであっても。
私は絶対に自死しない。こんな悲しいことは、しない。死んだらピアノが弾けなくなるもの……。
そう誓ってたのに、忘れてしまっていたのだ。
あの人と一緒に心の半分は死んでしまったけど、もう半分は生きてる。ピアノは私の生命と愛。
私は、いつか絶対に、ペトルーシュカを弾くのよ。