紫陽花
紫陽花のきれいなうちに、ここはUPしたかったので。
初等部の最後の学年。
お母様とおばあさまが、あいついで亡くなった。
私は、毎日泣いていた。
古めかしい日本家屋の屋敷の庭には、おばあさまの好きだった大きな紫陽花の葉を落とした株が並んでた。
学校から帰ると、その間に入って、一人で泣く。
広大な日本庭園。
誰も私に気づかない。亡くなったお母様も、おばあさまも、きっとここなら気づかない。
散る桜の花びらが、泣いてる私を隠してくれる。盛大に散って、飛んで行くといい。天国まで、風にのって。
おまえ……こんなとこで、何やってんだよ。
私はびっくりして、顔を上げる。
少年の声。
人から、こんなぶっきらぼうな言葉をかけられたことはない。
私が中等部にあがったときに、精華学院は女学部が廃止され、男の子と話したこともあるけど、こんな言葉をかけられたのは初めてだった。
とまどってると、少年は続けて言う。
もうすぐ、雨が降ってくるから、部屋に入れよ。おまえ、ここのお屋敷の子供だろう?なんで、いつもこんなとこで泣いてんだよ。
私は、やっとのことで言う。
だって……お部屋で泣いてると……そんなに泣くと、亡くなった方が安心して天国へ行けないって……みんな言うから……。
ふうん。
少年は、それきり黙り、少し離れたところに座り込んだ。
やがて、雨が降ってきて、それでも私はそこから動かない。春の小雨は、温かい。
このまま泣き続けて雨と一緒に地面にとけてしまいたい。
日も暮れて、もうすぐ夕餉の時間だ。藤野に探される前に、お部屋に戻らないと……
立ち上がった私は、びっくりした。
少し離れたところに、まだ少年が座っていた。気配がないから、もうとっくにどこかへ行ったと思ってたのに……
あの……私、もう部屋に戻るわ。
私がそう言うと、少年はだまって、立ち上がり、走っていった。
次の日も次の日も
少年は現れ、気配を消して、私のすこし離れたところに座ってた。
そうして、私が立ち上がると、去って行った。
紫陽花が咲く頃、私の涙はいつのまにか止まってた。
でも、私は毎日、そこへ行く。
隠れて泣くためじゃない……少年を待つために。
紫陽花の株は見事な花をたくさん咲かせてた。その花のかげから、私はそっと、少年を見ていた。
視線に気づかれ、見返されると、花のかげに隠れる。
そのくり返し。
少年は、そんな私を見て、笑った。
もう大丈夫みたいだな。
私も笑顔になった。そうして、ずっと言いたかったことを言う。
あの……いつも、一緒にいてくれて、ありがとう。あなたは、どなた?どうして、このお庭に入れるの?
オレは、ここの庭師の息子だ。父ちゃんの仕事見に、ときどき来てたんだけど、おまえが、ここで毎日泣いてるから、気になってた。
この屋敷に、私のことを気にかけてくれる人が、一人はいたのだ。
お母様もおばあさまも亡くなって、私は一人ぼっちになった。優しいおばあさま、美しいお母様がいない屋敷は灯が消えたよ
う。
おじいさまも、私のことは忘れてしまっている。
悲しみにくれているのか、それとも、お仕事が忙しいのか、多分、両方……。
お稽古ごとを、しばらく免除されてた私は、その庭師の息子と、毎日庭で遊ぶようになった。
私より一つだけ、年上の彼は、中学を出たら、彼の父親と同じように、私の家の庭師になることが決まっていた。
じゃあ、ずっとずっと一緒にいられるのね!
ああ!
無邪気な私たちは、自分たちの身分の違いなど、思いもよらないのだった。
ただ、二人で、無心に広い庭で遊び、私が持ってきたお菓子を二人でわけあって食べた。
私の悲しみには、無関心なおじいさまも、お稽古ごともせずに、毎日、使用人の息子と遊ぶ私には無関心ではいなかった。
つまり、もう遊んではいけないと言われたのだ。
どうして!彼はたった一人のお友達なのよ!
おまえはこの家の跡取り。使用人の息子なんかと親しくしては、いかん。どうしても、言うことが聞けないなら、庭師をやめされるほかあるまい。
そんな!
私はまた涙にくれた。おじいさまは言い出したらきかない。これはもう決定事項だ。とりなしてくれるおばあさまもいない。
私はまた大事な人を失う。
あの子は、精華学院のお友達とは、まるで違う。ぶっきらぼうで、ぞんざいな口のききかた。でも、私の一番のお友達。おばあさま、お母様を喪った悲しみを癒してくれた。……なのに、あの子を、私から取り上げようというのか。
私はなんて、無力なんだろう。財閥の跡取り娘と言うけれど、この家で自由にできることなんか何もない。泣くことも、友達と遊ぶことも…。
モンテカルロ編もまだまだ続きます。暑くて、ノエルのこと考えられなくて、遅れてますが、必ずUPしますので、しばらくこちらのお話を……。