第1章『開幕』⑥
数十メートル先に、一台のスポーツカーが見える。
その車はあろうことか、道路のど真ん中で真横に停められていた。
邪魔だ——誰もがそう思うだろう。
男は苛立ちのままクラクションを鳴らした。
しかし、いくら鳴らしても、車の主は降りてこない。
仕方なく男は車を降り、目の前の車へ歩み寄る。
「おいテメェ!邪魔だ!どんな止め方してんだ!」
そう言いながらガラスを叩く。
それでも主は出てこない。
「……こんの!出てこい!」
返事のないことに苛立ち、男はドアを思いきり蹴り飛ばした。
「おいおい。人の車蹴ってんじゃねぇよ」
ふと、声が聞こえた。
だが、車内ではない。外からだ。
男が顔を上げると、車の後ろから、ゆっくりと一人の女の顔が覗く。
一瞬、身構える。
次の瞬間、顔を見て、血の気が引いた。
「よぉ!さっきぶりぃ!」
「!?!?!?!」
それはそれは、底意地の悪そうな笑みを浮かべた女が現れた。
——あの時、コンビニにいた女だ。
「な、なんで、何をした?!」
「別にこっちは何もしてねーよ。テメェらが勝手にやってくれただけで」
「は、はぁ?!」
「まぁ、てめぇらと私の思考回路が同じだっただけだ。運が悪かったな」
「意味わかんねぇ……、意味がわかんねぇよ!」
「取り乱しているところ悪いが、じきに警察どもがくる。諦めな」
女の余裕そうな顔が、気に障る。
怒りで視界が歪む。
男は歯を食いしばりながら、心の中で叫んだ。
(あと、少し。あと少しだったのにぃいいいいいい!)
「ああああああああぁ!」
「!?」
「う、動くな動くんじゃねぇ!」
男は懐から拳銃を抜き、女の頭に向けた。
一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに無表情に戻る。
「お前を、お前を殺せば、俺はまだ間に合う!上に行ける!」
「……おい、『それ』を人様に向けて撃つのなら、あとでどうなろうが、泣き言いうなよ」
さっきと変わり冷たい声。
だが、今さら脅しにもならない。
こちらも、今まで散々手を汚してきた。
人を撃つことに躊躇いはない。
遠くで微かなエンジン音が聞こえる。
ヴゥン
「テメェらがいなければ、計画は成功したのに……!殺されたくなければ、今すぐそこをどけぇ!」
「知るか。勝手に失敗したのはそっちだろ。なのに、それを持っての脅しか?一番だせぇな」
ヴヴウゥン
「だまれぇ……!」
「そもそも誘拐すんなら盗車だってバレないようにしとけよ。……だからお前はずっと『下の下』——なんだろ?」
ヴヴヴヴヴゥウゥゥン
「ウルセェええええええええええー!」
男の指が引き金を引く。
——その瞬間。
上から、バイクが叩きつけられた。
ドオオォォォン!
車のフロントに叩きつけられたバイクが、ガードレール側に流れ出す。
レイは流れる前に飛び降りた。
地面に着地した瞬間、拳銃を向けた男の方へ走る。
ごうだは流れたまま滑り降りる。
着地の衝撃を殺し、体勢を立て直した。
そのまま、バイクを捨て、逃走車のほうへ走る。
男の意識が、音へ逸れる。
視線がぶれる。
銃口が、わずかにずれた。
その一瞬。
ユズキは頭を逸らす。
銃弾が、髪をかすめた。
そのままボンネットを蹴るように踏み込み、一気に間合いを詰め——男の顔面へ、蹴りを叩き込んだ。
レイは男越しにユズキを見る。
脳裏に、あの時の光景とユズキの言葉がよぎる。
『お膳立てはしてやるさ』
よろけた男が、視線をさまよわせる。
「あぁ、」
目に浮かんだ、理想が、妄想が、壊れていく。
——あぁ、ついていない。
顔面には拳。
後頭部には蹴りが入る。
後部座席の男は、外の様子に目をやった。
「(あっちはどうやら決着がついたみたいだな)」
ガンッ!ガァン!
外では、窓を叩き割ろうとする男。
加えて、サイレンの音も近づいてくる。
数分もしないうちに、警察が到着するだろう。
「(あぁ、潮時だ)」
欲を言うなら、もう少しここにいたい。
だが——あの子の成長した姿を一目見れただけでも、十分だ。
そう思った矢先、情けない声が響く。
「ヒィ!ど、どうしよう……。どうしよう!」
何とも見窄らしい姿だ。
「お、おい!あんた!これから、どうする、どうすればいい!」
「……残りたければ勝手に残れ。俺は離脱する」
「な、何を言ってんだ!だったら俺も離脱する、一緒に連れて行ってくれ!」
「……他人を当てにし、自分の脳みそでは考えられない馬鹿を、どうして俺が連れていかなければならない」
「馬鹿って……!俺たちチームだろ!それに子供だけでも送り届けねぇと上になんて言わ——」
「お前たちの言う『上』は俺だ」
「……えっ?」
「よって『上』の判断を今下す。お前たちは、はなからいらない駒だ。このまま蛆虫のように這いつくばって地面でも舐めていろ。捨て駒がいちいち口を開くな」
ガシャァン!
窓ガラスが砕け、扉が開く音がする。
「動くなっ!子供はどこっすか?!」
「ひっ!」
「……。」
バットを突きつけた大柄の男。
その男の顔には見覚えがある。——確かあの子のお友達だったかな?
その時、サイレンが止まった。
数台のパトカーから、大勢の警察官が降りてきた。
一人の警察官の手にはスピーカーが握られていた。
「全員動くなぁぁぁぁぁぁあ!!特にそこのクソガキ3人組ぃ!動けばてめぇらの手足が使いもんにならねぇと思えぇぇぇぇぇえ!」
「あ、乙さん!」
「おう乙さん、遅かったな」
「クソガキって俺もっすか?!」
けたたましい声が、スピーカー越しに響く。
外野が騒がしくなってきた。
名残惜しいが——お別れだ。
「楽しい追いかけっこをしてくれた礼だ。子供は返そう。このバッグの中にいる」
「……え」
「それから、これは俺からの餞別だ」
その手には——手榴弾。
「!?!?!?!」
ごうだは咄嗟にバッグを掴む。
「どうせまた会える」
男は反対側のドアを開け——手榴弾を投げた。




