第1章『開幕』④
沿道を走り、高速道路に向かう一台の黒い車。
「(…ここまで来れば安全だろう)」
あとは、このまま高速に乗って約束の場所に向かえば…。
静まり返った車内で、男は高笑いした。
「あっはははは!」
笑いが止まらない。
たかが、ガキ一人誘拐するだけで、晴れて自分はこの世界の中心に立てるかもしれないなんて。こんな簡単な仕事で、世界を牛耳るかも知れないものが手に入るなんて。
想像するだけで、笑みがこみ上げる。
このガキを引き渡したら、まず何からしようか。
ナンバー入りをして、金を使うだけ使って、人を侍らして——そのあとは……。
「お、おい」
「あん、何だよ」
「う、うしろ!」
「だから後ろがあんだよ!」
「後ろから来てる!」
楽しく妄想にふけっている最中、慌てた、何かに怯えるような声が割り込んできた。
言われるままバックミラーに越しに目をやる。
後ろからすさまじい勢いで何かが迫ってきている。
「…!?!?」
——バックミラー越しに、長い金髪が見えた。
「まぁてぇやぁぁ!ゴラアァァァ!」
「ちょ、レイさんスピード出しすぎですって!」
ヘルメットで顔はよく見えないが、間違いない。
さっきの追いかけてきた女だ。
後ろに、さっきはいなかった大柄な男が乗っている。
男のバイクで追ってきたのだろうか。女は鬼の形相で、こちらを睨んでいた。
「何で、何でいるんだ?!さっき、トラックに轢かれてただろ!」
「おい前見ろって!赤だぞ!」
視線を前に戻す。確かに赤だ。
だが、止まれない。止まれば確実に追いつかれる。
男はアクセルを踏み込み、そのまま突っ込んだ。
幸い、青矢印の出ている信号だったため対向車は来ていない。
事故は免れたが、紙一重の状況に、息を呑む。
「レイさん!信号赤です!止まって!」
「いや黄色!」
「どう見ても赤ですよ!」
当然、向こうも追ってくる。
ここで逃す気はない——そう言われているみたいだった。
先ほどの、追われた時の恐怖がよみがえる。
再び手に汗を滲ませながら、ハンドルを握り直した。
「ありえない、何で生きている!確実に轢かれてただろ!?」
「わ、わかんねぇよ!」
(っクソッたれ!)
女の執着を舐めていた。
たとえ高速に乗ったとしても、追いつかれるのは時間の問題だ。
むしろ信号がないぶん、アクセルで飛ばし放題。
このままじゃ振り切れない。
どうする、どうする?
どうしたらいい?
どうしたら——
「…ひとつ案を出そうか」
後部座席にいた不気味な男が、静かに口を開く。
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「レイさん!あいつら高速乗りますよ!」
「わぁーとるわい!アクセルふかすから掴まれぇ!」
「今アクセルふかさないで下さい!」
「ふかすなら高速入ってからですよ!」——そう言っても返事はない。
さっきの赤信号の時も、今も、夢中になると本当に話を聞かないな、この人は!と内心ぼやきながら、レイの肩に掴まる。
その時、ユズキから借りたスマートウォッチが震えた。
「……!」
「どーしたごうだぁー!」
「後で!後で言うので前見て!」
今ここで事故でも起こされたら、たまったものではない。
そう思いながら、必死に声を張る。
ユズキから聞いていた話が頭をよぎる。
仮説通りなら、相手はこのまま東京方面へ向かうだろう。
そう確信に近いものがあったが、ここで思いもよらないことが起きた。
「(な、仙台方面?!)」
予想とは真逆の方向に走る車に、困惑した。
そっちは目的地の真逆じゃないのか——そう思うが、高速に乗ってしまった以上、レイに言ったところでどうしようもない。
しかも——
「このタイミングでパーキングエリア?!逃げる気あんのかぁ?!」
高速に乗ってからしばらく。
最初のパーキングエリアが見えてきた。
あろうことか、逃走車はそのままパーキングエリアに入っていったのだ。
レイの言う通り、逃げるならまず寄らない場所だ。
「(嫌な予感がする…)」
まさに、その瞬間だった。
車がパーキングエリアの出口へ突っ込み、そのまま——
「「ぎゃ、逆走!?」」
したのだ。
しかも、前からくる車をかわしながらのハンドルさばき。
不意を突かれたレイは一瞬戸惑ったが、すぐに追おうとする。
「っ、まて!」
「レイさん流石にダメです!」
「!手を離せごうだ!」
「絶対に離しません!」
レイのハンドルを奪い、そのまま足でブレーキを踏み込む。
キキィ、と急ブレーキ音が響き、出口手前で停止した。
すぐに周囲を見渡す。
車も人も、まったく見当たらない。
ガラガラのパーキングエリアで助かった——そう胸を撫で下ろした、その直後。
胸ぐらを掴まれた。
「ごうだ!何で邪魔した!?」
「するに決まってるでしょ!死にますよ!」
「はあぁ!私がこのくらいで死ぬわけないだろうが!」
「あなたが無事でも——」
「このまま追いかけたら、あいつら絶対に事故ります!」
「そしたら中の子供はどうなるんですか!怪我じゃ済みませんよ!」
「っ…。そんなのやってみないと分かんないだろ!」
逃走中の事故は、追い詰められた末の危険運転によるものが多い。
否定はできない。——けど。
「それに、今見失えばあいつらは必ず車ごとナンバーも変える!そしたら子供は助けられない!」
あの車はナンバープレートが偽装されていた。
素人ではない可能性が高い。なら、同じ車で逃げ続けるはずがない。
今日この場で捕まえなければ——子供は絶対に無事ではすまない。
あの手の誘拐は、殺すか生かしたまま売るか——どちらかだ。
警察を待っていては間に合わない。
間に合うか、間に合わないか。
——そんな緊張感の中で、ごうだは言った。
「絶対に助けられます!何故なら今日の俺はGPSなので!」
「………あっ。」
ごうだは拳を握り、ぐっと胸の前に突き出した。
その手首のスマートウォッチには、見覚えがある。
ふと、バイクを借りるときのことを思い出した。
『ごうだ!今子供を乗せた野郎三人組が逃走中!ここに残って乙さんに連絡お願い!あとバイク借りる!』
『俺も行きます!行かせて下さい!』
『…私が運転だから危ないよ?』
『自覚あるんすか!?…でも、今日は這ってでもついて行きますよ!俺はGPSなので!』
『?』
顔をあげ、見つめた。
ごうだは、いたずらが成功したように笑った。
「俺たちにはつよ〜い味方がいるでしょ!」




