第1章『開幕』⑨
とある高級料理店の、品のある和室に四人がいる。
ミツカはその一人として席に着いている。
卓には豪勢な料理が並び、一人の老人が蟹を満足げに頬ばっていた。
「相変わらず金払いがいいなぁ!ミツカ!」
「金払いがいいのではなく、これは意味のある『投資』ですよ。五代目当主様」
「相変わらず言葉がかたいのぉ〜、お主は。別に、名前で呼んでもいいんじゃぞ?」
「まさか。貴方様を気軽に呼ぶなど、そんな不躾な真似は出来ませんわ」
「まったく……まぁ、また何かあったら気軽に言ってくれ!」
豪快に笑うその姿に、相変わらずだとミツカは思う。
別に呼んでもいいのだが、ここでは誰が聞いているかわからない。
「ご助力感謝いたします」
「なぁに。お前さんは金払いだけじゃなく、『約束』もちゃぁんと守るから、安心して取引できる!」
「それに——」
「お前たちのところには、俺の大事な『家族』がいるからのぉ」
片目を失った男は、意味深に口元を歪めた。
ミツカは内心で思う。
この流れでは、また延々と『家族』の話を聞かされる。
——話が長くなる前に、ズラかろう。
「では私はこれで、失礼いたします」
坂下に目配せし、荷物を手に取って立ち上がる。
「もう行くのか!?もう少しゆっくりしていけばよかろうに!」
「ありがたいお言葉ですが、残念ながらお時間でございますので。……それに近いうちにまた『お世話』になりますよ」
「…ふッ。それもそうじゃのぉ!……おい、お帰りだ。見遅れぃ」
老人は、眼鏡をかけた男にそう告げた。
「お見送りいたします」
「ありがとう」
男は頭を下げ、二人を店の外へと案内した。
——会食を終え、ミツカと坂下は次の仕事へ向かう車内にいた。
「坂下、次の豚やろ……ンン、『お偉い様』との準備は?」
「すでにできております」
「流石よ、坂下」
「それから、少し前に出された記事のインプレッションが非常に伸びております」
「そう。投稿が間に合ってよかったわ」
「文才あるミツカさんの記事です。読まれないわけがありません」
「……まぁ、でも今回私は書いただけ。MVPはナオに譲るわ」
——その記事で稼いだお金は、全て頂かせてもらうけど。
ミツカは内心で、静かに微笑んだ。
「ナオくゥーん!」
「ゲェ!ぶ、部長」
「記事見たよぉ!この短期間でいい記事書くよねほんと!それにこの曖昧な見出しもいい!ほんと才能あるよ!」
「ハハハッ、アリガトウゴザイマス」
「ナオくんがいてくれてほんとに助かる〜!」
「ハハハッ」
ご満悦な部長をよそに、げっそりとした顔のナオ。
いきなりミツカから来たメールには驚いたが、さすが彼女というか、あとは掲載するだけのところまで仕上げてくれていたから、思ったより早く投稿できた。
「インプレッションの数も盛り上がりも過去最高!どの記事も押さえて堂々と1位!今月はもう、うちに勝てる記事はないんじゃない?!」
「ソウデスネ」
「しっかし、連続誘拐犯に遭遇するなんて、ほんと運がなかったね〜ナオくんのお友達」
「……。」
普通なら、部長のいう通り『運が悪かった』の一言で済むかもしれない。
けれど、関わっているのがレイだ。
嵐の前触れのような、そんな嫌な予感がした。
「よーし!今日はお祝いだ!一緒に飲もう!」
「あ、部長。今日は残業せずに帰ります」
「えー帰っちゃうの!……てか、今、飲み会のこと残業って言った?」
——え、もしかして今までのも残業だと思われてた……?
ぶつぶつと呟く部長の声は、聞こえないふりをした。
どうせ帰れば、三人ともアサヒに説教されているだろう。
せめて何かお土産でも買って、励まそう。
そんなことを考えながら、ナオは仕事に戻った。




