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呪いはいわゆるマーキング



 聖酔亭せいすいてい

 破門だか追放だかされた聖女イルメアが、放浪の末だとり着いた辺境の街の外れで細々と営んでいる酒場。

 他の酒場と違うところは、聖女である店主の調合した高価な薬草酒と、内容によっては解呪の依頼を受けてくれるという点である。

 ちょっぴり?口が悪くて酒好きの聖女は、客に勧め勧められ酒を飲み、閉店時にはほぼ泥酔し、翌朝二日酔いで開店準備をするのがルーティーンだ。


 そして今日も今日とてイルメアの一日が始まった。



「……神よ……」


 カウンターに突っ伏したイルメアは、手を組みながら小さく呻いた。


「愚かな私をお許しください……東の国の米酒と他の酒を混ぜてはいけないという掟を破り……ラム酒やワインと共にするという罪を……うぷっ」


 単独で飲めばそれは美味しい東の国の米酒だが、他の酒とはとても飲み合わせが悪く、飲む時は必ずそれだけで飲むようにと仕入れの際に言われていたのに、ついついアレコレと他の酒も飲んでしまって二日酔いがいつもよりも酷い状態だった。

 今日は店開けるのはやめようと決め、イルメアはヨロヨロと立ち上がった。


 カランカランカラン!


「イルメアぁぁぁ!!」

「……うるさい帰れ」


 扉を蹴破る勢いで飛び込んできたのは、街で八百屋を営む、店の常連のゴンズだった。

 顔色は真っ青で、肩で息をしながらカウンターにしがみつく。


「助けてくれイルメア!!」

「うるさいって言ってんでしょ」


 イルメアはゴンズと同じく二日酔いで真っ青な顔を上げた。

 野太い声がイルメアの頭を直撃する。


「俺多分呪われたんだ!」

「ああん?」


 イルメアは眉をひそめた。


「……アンタ、ズボンの前押さえてどうしたの」


 無精髭を生やし、短髪で体がゴツく野生み溢れる八百屋のゴンズ。

 そんなゴンズは今、前屈みで何かを我慢しているかのようにズボンを押さえている。

 ゴンズは周囲を見回し、小声で言った。


「……パンツ脱ぐと光るんだよ」


 し〜ん……

 イルメアはそばにあったカップを取り、ゆっくり水を飲んだ。


「……は?」

「パンツを脱ぐと股間が光るんだ!」


 イルメアは大きくため息をつき、こめかみを押さえた。


「……二回連続で下半身関係とは……」


 ゴンズは必死に言う。


「ほんとなんだ!ほら!」


 ゴンズはその場でゴソゴソとズボンを下ろそうとする。

 イルメアはカップを投げつけた。


「粗末なものを見せんじゃないわよ!」

「粗末じゃねぇ!」


 イルメアは即座に止めた。

 嫁入り前の聖女……いや女性に対してあるまじき行為だ。

 ゴンズは泣きそうになっている。

 しかし脱ぎかけていたせいか、ゴンズのズボンの隙間からピンク色の光がチカチカするのが見えた。


「……ったく面倒な呪いだこと。昨日の夜でしょ?何があったか洗いざらい吐け」


 ジト目のイルメアに顎でクイクイ促されたゴンズは、観念したかのようにその場に座り込んで項垂れた。


「昨日街の酒場でな……」

「ほう」

「綺麗な女がいて……」

「ほほう」

「こう、なんていうか色気がすごい姉ちゃんでな、一緒に酒飲んでるうちに俺に寄りかかってきて…良い匂いがしてな、一夜だけでいいって……凄かったぜ……」


 少しだけ頬を赤らめながら、ポツポツと白状し始めたゴンズの様子を見て、イルメアはため息をついた。


「サキュバスだね」

「え?あの色っぽい姉ちゃん魔族だったのか!?」

「間違いないわねぇ」


 イルメアは酒の残る体を怠そうに動かし、ゴンズのそばに椅子を手繰り寄せて座った。


「しかもそれ、ただの呪いじゃないわよ」

「え?」

「目印」

「目印ぃ?」


 ゴンズの顔が凍りついた。


「サキュバスはね、ただ精力を吸い取るだけじゃなくて、自分に合った精力にはとことん執着するわ」


 イルメアは指を立てる。


「気に入った餌に印つけるの」

「餌?」

「アンタの精力が美味しかったのね。その目印を辿ってまた食べに来るわよ」

「やめてくれぇぇぇ!」


 ゴンズは肩を抱き、大きな体をプルプルと震えていた。

 イルメアは肩をすくめた。


「で、どうするの?まあパンツ脱いで光るだけだから死にはしないわよ」

「そいつは困る!ララになんで言えばいいんだよぉ」

「えー、なんか夜が盛り上がるんじゃないの?知らんけど」

「そんなわけねぇだろ!うちの奥さん怖いの知ってるだろ!なんとかしてくれよぉ」


 ゴンズは涙目でイルメアに訴えた。

 こんないかつい見た目のゴンズだが、奥さんのララは小柄でとても可愛らしい。のだが、その中身は元武闘家で、おイタをしてはボコボコにされて八百屋の店先で転がっているゴンズをしばしば見かけるのだ。

 イルメアは痛む頭をさすり、ゴンズに三本の指を立てた。


「テネシーVSOPを三本」

「……もしかしてお高い?」


 イルメアは青白い顔でニッコリと笑う。


「ちょうどさけせいの親父が入荷したって言ってたから、報酬はそれでいいわ」

「ううっ……たけぇんだろうな……」

「あとララにも話しておきなさいよ」

「ええ!内緒にしてくれんじゃねえの?」

「バカ言うんじゃないわよ。ララに黙ってお金動かせるの?出来ないでしょ?」

「分割とか!」


 顔中滝のように流れる汗を拭う事もせず、ゴンズは食い下がっている。


「嫌ならそのままサキュバスの餌になってれば?」

「嫌だぁ!俺はララ一筋なんだ!サキュバスの餌なんてごめんだ!」


 ゴンズは勢いよく立ち上がった。


「買ってくる!」


 ゴンズはバン!と勢いよくドアを閉め店を飛び出すのを見送るイルメア。

 イルメアはぼそりと呟いた。


「……しかしまあ……下半身の呪い二連続ってなんなのよ一体……」




◇ ◇ ◇



 昼も過ぎた頃、ようやく酒が抜けてきたイルメアは、夜に向けての開店準備を始めていた。

 そこへコンコンとドアノッカーが鳴り、静かに扉が開いた。

 そこに立っていたのはゴンズだった。

 いや、正確には。

 ボコボコになったゴンズだった。

 顔は腫れ、目の周りは紫色。

 服もところどころ破れている。

 そして両手には――高級酒の瓶が三本。

 イルメアはゆっくり顔を上げた。


「あら、その程度で許してもらえたの?ララは優しいわね」

「事情が事情だけに仕方ないわ」


 ゴンズの背後に隠れるように、妻のララがひょっこりと前に出てきた。

 本人は隠れているつもりはないが、ゴンズが大き過ぎて、後ろに立つララがすっぽりと覆われていたのだ。


「俺も骨の一二本は覚悟してたんだがよ、サキュバスの呪いって正直に言ったらこのくらいで許してもらえたんだ」


 ヘヘッとゴンズは少し頬を赤らめて照れ笑いしている。

 惚気かよ、とイルメアは半目でゴンズを睨みつける。


「ララはそれで良いの?」

「サキュバスに目をつけられたんじゃ仕方ないわよ。ただ、食べられちゃった分はむかついたからお仕置きしたけど」


 細くキラキラした長い茶髪に、クリクリの黒い大きな瞳、唇はプルプル艶やかで小さな顔の、人妻とは思えない童顔のララ。

 そんなララが笑顔で拳を突き出し、フンッとゴンズの背中に一発入れた。

 はうっ、と悶え、ゴンズは腕に抱えていた酒瓶をカウンターに並べた。


「ほら、酒屋のおやっさんに聞いて買ってきた!」


 イルメアは瓶を一本手に取り、ラベルを見ると、満足そうに頷いた。


「うんうんテネシーね、いいじゃない……ん?何コレ、一本だけランク下げてるじゃないの」


 イルメアは一本のブランデーを手に取る。

 スリースターという熟成されていない若い酒だ。

 他の二本と比べて金額が明らかにお手頃設定のお酒だった。

 それでも、美味しいものは美味しい。

 イルメアお気に入りのブランデーなのだ。


「へそくりで買えるのが二本までだったんだ。酒屋のおやっさんがオマケでそれ持ってけって……」

「ふむ……まあ仕方ないか。高いもんねアレ」

「ごめんなさいねイルメア」

「良いのよララ。モテる旦那で大変ね」

「うふふ、そこも含めて可愛いのよ」


 ララは無邪気そうに笑うが、その笑顔がちょっぴり怖く感じるイルメアだった。


 恋愛ってムズカシイ。


 よっこらせと椅子から立ち上がり、イルメアはゴンズが持ってきた中で1番安い酒瓶を抱えて祭壇の方へ歩いた。

 祭壇のそばに置いてあるボロ布でバサバサと埃を払うと、干してある薬草を何本かむしり取り、祭壇へ乱雑に投げた。

 イルメア曰く、それっぽく見せるだけで特に意味はない行為らしい。

 そしてその中でも一際目立つ、磨き上げられた小ぶりの聖杯にブランデーを並々注ぎ、祭壇の中央に置き、跪いた。


「ほら、アンタも跪きなさい」


 イルメアに促され、ゴンズは素直に膝をつく。

 ララもその隣で跪いている。

 ブランデーの甘ったるい香りが辺りに広がった。


「……神よ……偉大なるバカスよ……」


 イルメアは粛々と祈り始めると、聖杯からキラキラと光がこぼれ落ち始めた。


「この愚かな男を哀れみ――うっ」


 俯いたことでおさまっていたものが込み上げてきたイルメア。

 まだ完全に二日酔いが治っていないので、なんとか堪えようと体に力を込め、ブルブルと震えるイルメアを見て、ゴンズは不安になった。


「お、おいイルメア、大丈夫か?」

「……うっぷ…」


 聖印を描く指が震えている。

 本来は綺麗な円形の紋様のはずが、どう見てもグニャグニャだ。

 あ、これ失敗かな?とゴンズは内心ヒヤヒヤしていた。


 しかし――


 聖杯から強い光が溢れた。

 柔らかい、奇跡の光。

 ゴンズとララは目を見開いた。


「うおお……」

「キレイ……」


 しかし次の瞬間。


「……う゛ぉぇぇぇ……」


 イルメアは盛大に吐いた。

 いつも通り聖女への配慮が働き、彼女の口からキラキラと奇跡が溢れ出ているかのように見え……ない事もない。

 そしてその奇跡の光?、キラキラと光るそれが床に落ち、聖杯から溢れた光と合わさり、筋となってゴンズの下半身へと絡みついた。


「うお、なんだコレ!腰回りがキラキラする!」

「やだゴンズったらセルフモザイク面白い〜」


 ゴンズは慌てているが、ララは面白がっている。

 そんな状態がしばらく続き、やがて光が消える。

 ゴンズは恐る恐るズボンを見た。

 隣のララも覗き込む。


「……あ、光らない」

「あらホントね」


 腹の中のものを吐き出してスッキリしたのか、イルメアはシャキシャキと立ち上がり、水桶からカップで水をすくい、一気に飲み干した。


「ふぅ……解呪完了よ、お疲れ様」


 その時。

 聖杯が再び光った。


 ぬっ。


 聖杯の光の中から現れたのは――ボサボサの髪に無精ひげ、くたびれた旅装束の中年男。

 中年男は挨拶するかのように軽く手を挙げている。

 ゴンズは固まった。


「……え……誰?」


 男はニコニコしているが、口を開く事なく、ふよふよとまるで浮かぶように机へ向かう。


「……やっぱりスリースターじゃダメなの?」


 中年男は話しかけたイルメアをチラリと見ると、ゴンズが持ってきたブランデー、テネシーの高い方を一本手にした。


「今回は仕方ないか。スモークナッツとチーズも持っていって良いわよ」


 イルメアはつまみを用意してある棚を指差すと、中年男は満面の笑みでサムズアップを向けた。


 そして瞬時に消えた。

 一連の様子を見ていたゴンズは、目を丸くして呟いた。


「……消えた?」

「あれが酒の神バカスよ。酒好きのアル中神バカス」

「ほぉぉぉ……なんかその……親しみやすそうな神様だったな。どこかで見たことあるような」

「あの神はそれっぽくないけどね。力だけはすごいのよ」


 あんな見てくれでも神は神。

 いつも酒臭いが神は神なのだ。

 神はいつも私たちを見守ってくれている。

 ついでに私の酒棚も。


「イルメア、うちの人が迷惑かけてごめんなさいね」

「いいのよ。こちらこそゴンズからへそくり搾り取ってごめんなさい」

「気にしないで。お金なんて稼げば良いし、これに懲りて当分よそ見しないだろうから」


 ララは申し訳なさそうにイルメアを見上げた。

 どう見ても美少女(しかし中身はオーガ)……いや美人な奥さんがいるのに、ゴンズはなぜ浮気未遂を繰り返すのだろう。

 男女関係、いや夫婦関係はイルメアにとって永遠の謎である。

 まあ善も悪も神の賜物。

 イルメアはイルメアの信仰おさけを貫くのみだ。


「まあ当分はうちに飲みにきなさいよ。少しならツケにしてあげるわ」

「ありがてぇ!」

「ほどほどにしなさいよ」


 ゴンズとララは二人して深くお礼をして仲良く去っていった。

 二人を見送り、イルメアは酒場の椅子に腰掛けた。

 ゴンズが受けた呪い……イルメアは簡単に解除して見せたものの、神の力を借り受けなければ中々に厄介な呪いなのだ。

 イルメアの解呪方法は、己と神の力を融合させて呪いを打ち破るもの。

 そして神は代償を求める。

 バカス神は酒だった。


「魔族の呪いの代償にしては安くついたわね。たまにはあのアル中神も敬虔な信者である私の信仰心に報いてくださったのかしらね」


 と、イルメアは口にしたが、ふとなぜか嫌な予感がして隠し棚を開けてみた。

 イルメア秘蔵の酒棚には、珍しい酒や年数を経たありとあらゆる高級酒が並べてある。

 一本一本確認するも、奥の方に隙間が出来ていた。


「……よりによって手に入りにくい東の国のジンを持って行きやがった……」



◇ ◇ ◇



「……イルメアさん、今日も荒れてんな」

「なんか神様に恨みつらみを呪文みたいにずっと呟いてるよ……怖えな……」


 時は夕暮れ時。

 聖酔亭は開店しており、常連たちが一日の疲れを癒すために酒を飲み、愚痴や他愛もない話をしながら酒を楽しむ……場所なのだが。

 昼過ぎの解呪以降、またしても秘蔵の酒を神に盗まれたイルメアは、カウンターで神への悪口を延々とぶつぶつと呟いており、店内は非常に重い空気が漂っている。

 今日はこの辺にしておこうかなと常連たちが思い始めていた時。


「イルメアぁ!この後はありがとう。大怪我しちゃったけど薬草酒のおかげで依頼もバッチリ終わったわ!これお土産」


 カウンターでぶすくれていたイルメアの前に、いつぞや薬草酒を買いに来た女冒険者が現れ、ドン!と瓶を置いた。


「……コレは……」

「ウフフ、これ滅多に出回らない東の国の米酒『KASSAI』よ。いつも助けてもらってるからお礼にあげるわ」


 イルメアはフルフルと瓶を手に取り、明かりにかざしたり少し揺らし、丁寧に蓋を開けて香りを嗅ぐ。


「やだすごい!これほんとにレアなお酒じゃないの。ほんとにもらって良いの?」


 と言いながらも瓶を力強く抱きしめるイルメア。


「お礼だっていってるじゃん。また薬草酒買いにくるからさ、その時はよろしくね」


 女冒険者はたっぷりの金髪をかきあげ、ウインクをした。


「もちろんよ!早速明日から仕込んでおくわ。野郎ども!今日は祝いよ!一番安い薬草酒をショットグラスでご馳走してやるわ」


 店内の常連たちがウオォと声を上げる。

 イルメアの薬草酒は、一番安くともその効果は抜群なのだ。

 喜ぶ常連たちと、ご機嫌な店主イルメア。


 聖酔亭の夜はまだ始まったばかり。




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