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小さきものの中途半端な呪い

※本当にほんの少しだけ嘔吐要素があります。

苦手な方はご注意ください。


 辺境の街の外れにある、ありふれた外観の少し変わった酒場、聖酔亭せいすいていの朝は、大抵が祈りの場……に見えないこともない。


「……ぅ……神よ……どうか愚かな私にお力を……」


 カウンターに突っ伏し、頭の前で手を組んでいる女。

 小さな窓から陽の光が一筋入っている。

 その光を浴びている姿はまるで朝の祈りを捧げているように見えなくもない。

 女から発せられた声は、少ししゃがれている。祈りの祝詞を捧げすぎたのだろうか。


 女の正体は、元聖女イルメア・パレストリーナ、二十八歳。

 かつては大聖女に次ぐ地位にあり、歴代でも指折りの奇跡成功率を誇った。


 そして現在。


「……二度と……樽ごと空けない……」


 そう呟くと、椅子から転げ落ち、床に倒れた。

 細く艶めく金色の長い髪を振りまき、眩しい……光が眩しい……と唸っているその姿は、聖女の姿からはほど遠い。

 イルメアはそのまま動けなかった。

 昨夜調子に乗ってワイン樽からしこたま飲み、ご機嫌で眠りについてからの二日酔い。

 気分は最悪で頭も痛いし胸がむかつくし体に力が入らない。

 典型的な二日酔いの症状だ。


 神様……私このまま御許へ向かうのかしら……罪深く酒臭い私をお許しください……


 などと思ってもいないことをうっすらと頭の中で呟き、イルメアは床でウトウトと二度寝に入ろうとしていた。

 そして眠りに落ちる瞬間、扉が乱暴に開いた。

 ドアベルがカンカン鳴り響き、二日酔いのイルメアの頭を直撃した。


「イルメアさん助けてくれ!呪われたみたいなんだ!」

「うるさい……頭に響くから話なら小さな声でしゃべってちょうだい」


 イルメアはこめかみの付近を揉み、さすっている。

 薄く目を開けて飛び込んできた者を確認すると、若い冒険者だった。最近この街に滞在して、魔物狩りをしているらしい。イルメアの店にも時々来店することもある。

 イルメアは二日酔いで腫れぼったい目を開き、冒険者を観察した。

 顔色が悪く、腰回りに何やら黒い靄が絡みついている。


「あー……なんか呪われた?」



◇ ◇ ◇



 店内には乾燥薬草の匂いと、むせかえるような酒の匂い、そして大量の酒瓶が棚に並んでいる。

 だが酒場に相応しくないものもある。


 壁には吊るされた聖印。

 奥には簡素な祈祷台。

 かつて神殿にいたらしい証だった。


 イルメアは痛む頭をさすりながらヨロヨロと起き上がり、カウンターの裏へ向かった。

 吊るしてある乾燥した薬草をいくつかむしり取り、カップに放り込み沸かしていた湯を淹れた。


「……少し待ってなさい」

「……酒臭っ……」

「ああん?文句あんのか若造が」

「儚い見かけしてるのに口わるっ!」


 そう、イルメアはサラサラの金髪碧眼なのだが、髪はボサボサ、目は濁って腫れぼったい。

 見た目はいいのに損してるな、と冒険者は思った。


「で、冒険者くんは何して呪われたの?」


 状況説明しろやと目でうながすイルメア。

 ズズズ、とカップの薬草湯もどきを飲み干すイルメア。

 二日酔いのダメージが少しやら和らいできたらしい。


「えと、昨日依頼でダークピッグの討伐に行ったんです」

「討伐の時になんか注意されなかった?」

「はい、必ず一撃で倒すようにと言われました」

「原因はそれね」

「え?」


 イルメアはのろりと立ち上がり、冒険者に手招きすると、奥の簡素な祭壇へとだるそうに歩いて行った。


「ウィスキーを一本ね。高いヤツ」

「は?」

「依頼料に決まってんでしょ。タダで解呪して貰うつもりだったの?」

「ここの店主は元聖女だって聞いたから…」

「私は慈善事業やってんじゃないのよ。酒無いなら帰れ」


 冒険者は戸惑った。元とはいえ聖なる力を持つ聖女。神の声も聞けるとかなんとか。

 そんな神聖な人物から依頼料(高級酒)を要求される展開になるとは思ってもいなかったのだ。


「あんた、ダークピッグを一撃でとどめを刺せなかったわね?」

「どうしてそれを……」

「ダークピッグは臆病なくせに攻撃的で呪力もあるの。痛みながら死んだ場合、相手を呪うわ」

「ヒッ!」


 冒険者は恐怖ですくんだ。


「まあ死にはしないから解呪しなくて良くない?」

「それは困る!トイレに行くたびに、その……あそこが痛んで仕方ないんですよぉ」


 冒険者は股間を押さえながら半べそだ。

 イルメアは冒険者を一瞥し、その辺にあったボロ布で祭壇をバサバサとはたいた。


「で、どうすんの?酒持ってくる?それとも一生トイレの時の激痛我慢する?」

「解呪お願いしますぅぅ」


 神にでも祈るかのようにイルメアに跪いた冒険者に、イルメアは懇意にしている店主がいるさけせいという屋号の酒屋を案内して、そこから買ってきた酒と引き換えに解呪を引き受けた。あの店主の店は品揃えが豊富で、イルメアも度々足を運んでは買い付けている。

 冒険者は一も二もなく頷き、転がり出るように酒場を出て行った。




◇ ◇ ◇




 神よ……あなたは何故お酒というものを人に与えたのです……私はその誘惑に勝てませんでした……私は酒と共に罪に向かい合います……まず今夜はラム酒を炭酸で……

 

 などとあれだけの二日酔いをかましたくせに(何なら今現在も続行中)、全く懲りてないイルメアは適当に祭壇の神具を拭いて並べていた。

 しかし吐く息が酒臭い。

 と、そこへ駆け足で戻ってきた冒険者がビンを抱えて戻ってきた。

 そのビンをイルメアに差し出した。


「へえ、ディワーズの18年モノね。いいじゃない。とっとと解呪しましょ」


 思った以上の高級なウィスキーをゲットしたイルメアは、一気にご機嫌になったようだ。

 イルメアはウィスキーの瓶をしげしげ見つめると首を振り、棚へ向かうとたくさん並んだ瓶の中からこれでいっか、と一般的には安いとされてる一本選び、瓶を開けると、小ぶりな聖杯のようなものに並々と注ぎ込んだ。


「……冒険者くんは私の隣で跪いて祈りなさい……」


 冒険者は言われた通り隣にひざまづく。

 イルメアは先ほどお酒を注ぎ込んだ聖杯っぽいものを祈祷台に置いた。

 そして少し埃っぽい祭壇にひざまづき、祈りを捧げ始めた。


「…神よ……うっぶ……哀れなあなたの子に奇跡を……うぇっ……」


 冒険者がチラリと横を覗き見ると、イルメアは酒が抜けきっていないせいか、聖印を描く指が震えているようだ。

 描く聖文のようなものがミミズが這ったようなものに見える。

 そして時折、下向くと気持ち悪っ…吐きそ…など不穏な発言が耳に入る。

 イルメアが聖文句を描き終わり、祈りの言葉を捧げていると、少しして、祭壇の聖杯から光が溢れ出てきた。

 冒険者は、これが聖女の奇跡か……と光を呆然と眺めていた。


 そして――


「……キモヂワル……っ、う゛」


 イルメアは盛大に吐いた。

 聖女への配慮が働いたのか、吐瀉物と思われるものにはキラキラとエフェクトがかかり、不思議なことにそれが神秘性をさらに増した。

 床に落ちたキラキラは光の線となって冒険者の股間へと向かい、絡みつく。

 元はゲ⚪︎なので若干避け気味になったが、しばらくすると、光が霧散した。


 どうやら冒険者の呪いは解呪成功したらしい。


「……あの」

「ちょ、そこの水とって」

「あ、ハイ」


 冒険者はいそいそと言われたとおり水が入ったカップを差し出した。

 イルメアは無言で受け取り、水を一気に飲み干した。


「ああ、すっきりした。もう解呪は成功してるから帰っていいわよ」


 その瞬間。

 聖杯が再び光り、その中からぬっと人影が現れた。


 無精ひげでボサボサのロン毛な中年男。

 服はボロボロの旅装束。

 どこかの裏路地にでもいそうなおっさんだった。


「ゲッ」


 イルメアは嫌なものを見たとでも言いたげな声を発した。

 おっさんは無言でニコニコとイルメアを見ている。

 

「聖杯から……おっさん?」


 誰もいなかったはずの祭壇に突如現れたおっさんに、冒険者は驚きを隠せない。


 やがておっさんは、ふよふよとまるで浮いているかのように、酒瓶が並べてある棚へ移動した。


「ちょっと!さっき酒は捧げたでしょうが!あの程度の解呪でこれ以上求めないでよ」


 だがおっさんは酒瓶の奥にある隠し棚を開けて、一つの瓶を取り出した。


「あー!それはダメ!パランタイン30年の秘蔵のウィスキーなの、私も特別な時にしか飲んで無いやつ!」


 おっさんはイルメアの声が聞こえているのかいないのか、うんうんと頷き、イルメアに向かっていい笑顔でサムズアップをした。

 そして近くにあった鹿肉のジャーキーとスモークチーズを手に取り、笑顔のまま消えて行った。


「……あの、さっきのおっさんはいったい……」


 突然消えたよな?と疑問に思った冒険者は、そばで震えるイルメアにおそるおそる声をかけた。


「……あんの生臭アル中神がぁぁぁ!1番高い酒くすねて行きやがった!」

「……神?」

「そうよ、あれは酒の神バカスよ。全く毎回人の酒をくすねて行きやがって……」


 あのおっさんが神様なのか。

 ……知らなかったことにしておこう。


「あの、解呪ありがとうございました」


 お礼を言い、まだ神への文句を叫んでいるイルメアを残して酒場を後にする。

 冒険者が店を出た時、まさに酒場に入ろうとしていた男にぶつかった。


「あ、すいません」

「こちらこそ」


 冒険者はぶつかった相手を見る。

 相手は冒険者なら誰でも知っている、数年前に魔王と呼ばれる存在を倒し、今なお蔓延る魔物討伐を続けている勇者リクハルドだった。

 胸当てだけの軽装で、腰に剣を差しているだけだが、存在感は圧倒的だ。

 駆け出し冒険者には眩しい存在だった。

 まさかこの街に滞在しているとは。


「ゆ、勇者様だ!失礼しました!」

「そんな大層なものじゃ無いよ。僕も君も同じ冒険者だからね。ところで……」


 リクハルドは酒場のドアを見た。


「もう開店してる?」

「いや、どうでしょう。自分がさっきまで解呪してもらってたので……なんか神様に恨み言叫んでますし……」


 イルメアの怒り狂う姿を思い出し、少し怯えながら冒険者は答えた。

 リクハルドは返答を聞くと笑い出した。


「ははは、そうか。……しかしそういう事なら開店はもう少し時間かかりそうだよ」


 リクハルドは後ろの冒険者たちに声をかけた。

 冒険者がリクハルドに気を取られている間に、いつのまにか数人、店の前に集まっていた。


「マジかよ。俺この後長旅に出なきゃいけないんだよ。薬草酒買って早く出発してぇんだ」

「アタシも〜。依頼先が山奥だから薬草酒は欠かせないのよ。早くイルメアの機嫌なおらないかなぁ」

「ワシもアレが無ければ祈祷が……」


 駆け出し冒険者の自分でも知っている屈強な冒険者たちに加え、よく見ると街の教会の偉いお爺さんまで混じっていた。

 

「ちょっと様子見てみよう」

「おう、場合によっちゃ酒で機嫌なおるかも」

「やだ今月カツカツなのよ〜」

「おお神よ、怒りを静めたまえ」


 などと各々適当な事を言い、酒場の扉を少し開け、一斉にに覗き込んだ。

 

 ドカンガチャン!あのジジイゆるさねぇ!


 暴れるとともに呪詛のような叫び声。

 そっとドアを閉じる冒険者たち。


「……もうちょっと後にしようか……」

「……そうだな」

「……出発の前に命が……」

「聞こえてるわよ」


 いつの間にか、酒場の扉が開かれ、青白い顔のイルメアが扉に寄りかかるように立っていた。


「や、やあイルメア」

「……薬草酒なら売ってやるわ。早く入りなさいよ」


 イルメアはダルそうに指で店内を指した。


「助かる!今度来る時は珍しい酒でも買ってくるから!」

「アタシもぉ〜山奥だから地酒見つけたら買ってくるからぁ」

「喜捨が増えればもっと弾むぞい」


 最後の人の発言は聞かなかったことにしよう。


「あ?リクハルドじゃん。アンタまだこの辺にいるの?もうちょい強目な魔物退治に行った方が良くない?」

「一ヶ月後には出発予定だよ。それまではここで資金稼ぎだ。僕も出発先で珍しいものがあったら買ってくるよ」

「あの……この店ってただの酒場じゃないんですか?」


 冒険者くんは歴戦の冒険者たちにおそるおそる話しかけた。

 だが、それに答えたのはイルメアだった。


「ここは確かに酒場よ。でも薬草酒の販売者でもあるの。私が作る薬草酒は大怪我でもあっという間に治る。だから冒険者くんも稼げるようになったら買いに来なさい。それまでは飲みにいらっしゃいな」


 イルメアが手を振ると、四人を店に引き入れ、扉は閉まった。




 聖酔亭せいすいていーーそこは酒場でもあり、教会から破門されたかつての聖女が営む知る人が知る薬草酒の販売所。


 彼女がなぜ破門されたのか……酒を飲みすぎて暴れたなどとウワサはあれど、真実は本人のみぞ知る。


 そんな彼女は今日も浴びるほど酒を飲み、二日酔いに苦しみながら時折祈りを捧げ、薬草酒を売り捌く。




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