78話 生憎、育ちが悪いもんでねぇ
宿を後にしたフジとイオンは、無言のまま、人気のない路地へと向かった。が、姿を現す者はない。
「……いい加減、姿を現したらどうなんだい? 生憎だけど、怪しい連中にストーキングされる趣味はないんでね」
痺れを切らしたフジが、暗闇に潜む存在に向かって声をかけた。のらりくらりとした態度で明らかに場慣れしているフジと比べて、いくら覚悟を決めたといっても、『命を狙われる』というイレギュラーな状況にイオンは余裕がなさそうだ。
返事もなく、気配もしない。
本当にいるのか? と疑いそうになる。
「所詮は人形、か……」
「いるん、ですよね……?」
「あぁ。奴ら『人形』は主人以外に返事をしない。全ての人形が、心を持たないように訓練されているからねぇ。……無駄骨だったかな」
『人形』という存在をよく知っているのか、フジはやれやれと肩を竦めてみせる。
「坊ちゃん、戦闘は?」
「専門ではないのでほどほどですよ。……それと、坊ちゃんではなくてイオンです。共闘しようっていうのなら、貴方もそろそろ名乗ったらどうですか?」
「そのうち嫌でも分かるさ」
「…………?」
『フジ』とシオンが呼ぶのを本人も聞いていたはずだが、イオンは頑なに名乗ろうとしないフジにじっとりとした視線を向けた。
「恐らく、人数は四人……ってところか。俺が三人引受ける。アンタは一人、相手してくれればいい。イオン、……殺れるな?」
フジから名前を呼ばれたイオンが目を丸くした。
「貴方一人で三人も相手出来るんですか? ……手練れなんでしょう?」
「問題ないよ。生憎、育ちが悪いもんでねぇ」
そう言うと、フジはへらりと自嘲気味に笑った。
フジの言葉を皮切りに、路地の影から『人形』と呼ばれる暗殺を生業とする連中が姿を現した。只者では無いいで立ちに、イオンに緊張がはしる。
「ほらほら、アンタらの相手はこの俺だよ。よそ見は厳禁、ってねぇ……っ!」
フジは白いジャケットの内側に手を突っ込むと、両手に暗器を挟んで、三人の人形に向けて飛ばした。
煙草の煙をくゆらせて、ふぅ……、と息を吐くと、魔法の混じった煙が霧のように人形達を覆った。どうやら、暗器を飛ばした三人にターゲットを絞っているようで、一人だけ離れた位置にいた人形は、煙から逃れている。
「あの人の相手を僕がすればいいんですね。それにしても……、貴方のその魔法、変わった魔法ですけど相手を見えなくしてどうするんです? 敵の姿を隠すなんて、不意打ちされ放題ですよ」
「あぁ。どうせ効果の分からない煙の中には不用意に入ってはこないだろうから、離れた場所で頼むよ。はは、ご忠告どうも。……俺の煙草は特別製でね。相手の姿なんて関係ないのさ」
イオンは「へぇ」とたいして興味も無さそうに返事をすると、さっさと残りの一人がいる煙魔法の範囲外へと駆けていった。
「……まったく、連れないねぇ」
一見隙だらけでのんびりとしたフジを警戒して、人形達は煙の中で息を潜めている。
「まぁ、アンタらには付き合ってもらうけどさ」
煙の中を見つめ、フジが目を細めた。その蛇のごとく鋭い眼差しは、まるで煙の中を見透しているかのように、獲物を捉えている。
「さぁ、隠れてばかりいないで。俺と遊ばないかい?」
人形を隠していた煙草の煙が霧散する。その一瞬の虚をついて、フジは相手との距離を詰めた。
「多勢に近距離なんて、馬鹿だと思ったかい? 残念ながら、俺は近距離戦のほうが得意なの、さ……っ!」
災難にも一番近くにいた相手の首を、一撃で掻き切って、そのまま身体を反転させながら逆手で二人目の腹を刺した。フジの手には、魔法鉱石のついたナイフが握られていた。
二人の仲間が地面に倒れるのを見て、三人目はフジから距離をとった。あまりに華麗なナイフ捌きに、地面に倒れた二人も、自分が死んだことに気が付いていないのではないだろうか。
「さて、アンタで最後だが……、話す気はあるかい?」
『人形』は、フジの言葉など聞こえていないかのように微動だにしない。フジはやれやれ、と首を横に振った。
宣言通り、圧倒的な力量差で三人と渡り合うフジを横目に、イオンは四人目に向かって魔法を放った。気遣いなど無用だろうが、なるべくフジから四人目を遠ざけるのが目的だ。
「……ふぅん、なるほどねぇ。……アンタら、ノワールって奴の指示で襲ってきたわけじゃないのか。藍焔の独断か……、なら、アンタらを倒せば暫くは手出しをしてこないだろうなぁ」
見てきたかのように話すフジに、人形は初めて動揺をみせて動きを止めた。
「心を読まれた、と思ったかい? 伊達に情報屋なんて呼ばれてないもんでねぇ。……タネも仕掛けも、教えてやる義理はないけどさ。……っ! おっとぉ、遠距離戦に切り替えたか」
人形はフジから距離をとったまま、杖を出して魔法を放つ。フジの避けた後ろの壁に、禍々しい闇属性の焔が消えずに燻っている。
「…………参ったなぁ」
フジが困ったように、頭の後ろをかいた。
優勢を確信したのか、人形は無詠唱で避けきれないほどの数の魔法を放った。
それを、フジが身体のまわりに纏っていた煙草の煙が、跳ね返した。
「そうだよな、煙の中で動けてたもんなぁ……。この魔法は実体がないもんだと思ったかい? 勘違いさせちまって悪かったが……、遠距離攻撃はもっと得意でね」
フジが指をパチンと鳴らすと、人形の周りに煙が可視化され、うねうねと実体を持ち始めて首を絞めた。
「……っ、…………っが……っ!」
もがき苦しみながら煙を剥がそうとするが、その手は空を切って煙を掴むことが出来ないようだ。
「魔法の使用者以外は掴めないんだ、便利な魔法だろう? まぁ、もう聞こえてないだろうけどさ」
絶命した三人目の人形に背を向けて、フジは歩き出した。
「さて、坊ちゃんの様子はどうかねぇ」




