74話 コイツが元凶の黒幕だ
ノワールを追いかけてスラムに駆け込んでしまったシオンは、後先考えずに複雑に入り組んでいる道を曲がっていった。
「いたっ! やっぱり、ノワールだ!」
やっと追いついたその背中に呼びかけると、ノワールは無言で振り返った。
「久しぶり! まさか、別の国で会えるなんて思ってなかったけど、運命みたいだよねっ!」
なんて声をかけるか考えていなかったシオンがおどけてみせるが、ノワールは一切反応しない。
「え……? ノワール、だよね……? 人違い、なわけないもんね。突っ込んでくれなきゃ、寒いだけじゃん。……なんで返事してくれないの?」
一緒に美味しいケーキを食べて、別れ際もいたって普通だったはずだ。シオンは記憶を巡らせてみるが、ノワールを怒らせた記憶はない。
シオンがもう一度、声をかけようとしたその時。
ポン、とシオンの肩に誰かの手が乗せられた。
「よっ、坊ちゃん達とはぐれて良かったのか?」
「おにーさん! イオン達は一緒じゃないの?」
「それをアンタが言うのかい。慣れない道で遅かったから置いてきたさ。お嬢さんを一人で、スラムの路地裏に野放しにする訳にはいかないからねぇ」
「野放しって……、人を犬かなんかみたいに」
いつの間についてきていたのか、シオンの背後にいた男が目を細めて、ノワールのことを睨みつけた。
「ところで……、なーんでお嬢さんがコイツと親しそうなんだい?」
じろりと睨む男の視線にも、ノワールは無関心に沈黙を貫いていた。
「先日はどうも。……といっても、違法薬物をばら撒く組織の元締めさんは、俺みたいな下っ端のことは覚えていないかな? けど、まぁ……、出会っちまった以上、話しかけないわけもいかないんだよねぇ。なんせ、お宅の青い子にうちの坊がご執心なんでね」
「……情報屋のフジ。藍焔の関係者か」
「おっとぉ、俺の事まで知っていてくれてるなんて……、光栄だねぇ」
「この国に入ってから、虎の子飼いが嗅ぎ回っていて面倒だと藍焔がぼやいていたからな」
「そりゃあ、また高く買ってくれたもんだな。別に情報屋なんてそんな大層なもんじゃないが……、まぁ、藍焔の関係者かな」
二人の意味深なやり取りについていけずに、シオンがきょろきょろと交互に二人に視線を送る。
「なになに、どういうこと? ってか、おにーさんとノワールも知り合いなの!?」
「あー、知らなかったのか。お嬢さんが探している薬の元凶はコイツだよ。この男が黒幕ってやつ?」
「へ? ノワールが? そんな、まさか……。ってか、なんでおにーさんは私のことも審判の飴のこともそんなに詳しいわけ? 情報屋って、何なの!?」
突然告げられた情報を受け入れられずに、シオンはまくし立てた。たった一度、ほんの少しの時間しか過ごしていないけれど、ノワールが黒幕だなんて信じられずにいた。
「この国には、そこらじゅうに俺の目と耳があるからねぇ。どんな会話も筒抜けなのさ」
「何それっ、それも魔法なの!?」
「…………秘密。謎のある男の方が、魅力的だろ?」
煙のようにぬらりくらりと躱される。
「アンタと直接の因縁はないが……、出会ってしまったからには仕方がない。坊のところについてきてもらおうか」
そう言って、男――フジは、暗器を隠し持つジャケットの内側に手を忍ばせた。
一触即発の空気。
ノワールとフジが、相手の出方を伺って、鋭い視線を交わし合う。
(は? いや、ノワールが黒幕ってマジの話……!? いや、おにーさんとも出会ったばっかなわけだし、私はどっちを信じればいいの!? ……ああ、もうっ!)
混乱しているシオンが、ノワールの腕を掴んで走り出した。
「おにーさん、ごめんっ! 私、自分の目で見たことしか信じないことに決めてるの! だから、ちょっと待ってて……っ!」
そう言うと、シオンはフジを振り切って、駆け出した。この国にフジに見つからない場所があるのかは、分からない。けれど、本人の口から聞くまでは、シオンはその話を鵜呑みにする気はなかった。
シオンに引っ張られるがままだったノワールが小さな声で呟くと、二人の周りに薄い膜が現れた。
「これで、あの男はこちらの姿も声も感知は出来ない」
「ノワール……」
やっと返事をしてくれたノワールにシオンが向き合った。
「あの男が言っていただろう。そんな俺と好き好んで二人きりになろうとするなんて、不用心だな」
そのぶっきらぼうな物言いの中に、以前ノワールに感じた優しさを見つけて、シオンはホッとして話しかけた。
「だって、こうでもしなくちゃ、ノワールが話してくれないでしょ?」
「あの男と一緒にいたというのに、俺を信じるのか?」
「うーん、信じるってのとは違うのかもしれないけど……、ノワールはいい人だって思ってるよ。だから、ノワールの言葉で話して欲しいの。何が正しくて、何が間違っているのかは、自分で聞いて、自分で判断するから大丈夫っ!」
シオンの真っ直ぐな眼差しに、ノワールは自嘲気味に笑うと目を伏せた。
「いい人、か……。俺が、審判の飴を造らせている張本人だと言っても、……同じことを言えるのか?」
シオンの表情が曇っていく。
(これは、冗談なんかじゃ……ない)
ふらつく足を踏みとどまらせて、呆然と立ちすくむシオンに、ノワールが追い打ちをかける。
「……アムレートも、アンジュも、俺の同志だ。俺たちは審判の飴を、この世界に蔓延させる。――これで満足か」
そう言ったノワールの瞳は、暗く、深く、鬱屈とした空気を宿すスラムを映していた。




