73話 シオンとスラムと虚ろな瞳
「おにーさん、ありがとね! ってか、本当に買って貰っちゃってよかったの?」
「良いんだよ。贔屓にしてる店だからな、顔割りが効くんだ」
「へぇ、めっちゃ顔広いんだね。ねぇ、私のこと嫌いって言ってたのに、なんで出会ったばかりでこんなに親切にしてくれるの?」
「あー、……もしかして、根に持ってるのか?」
「うぅん、違う違う! 普通に疑問なんだってば。見ず知らずの相手に服奢ってくれる意味が分かんないの。それも私とジンガの二人分なんて」
純粋に不思議だ、と口にするシオンに、男……フジは頭をポリポリとかいて、バツが悪そうに言った。
「別に、深い理由なんかないさ。知り合いに似てるって言っただろ? こんなに美味しそうなカモが三匹揃って仲良く歩かれちゃあ、口を出さない訳にもいくまい」
本来の目的を話す気は無いようで、男はのらりくらり話を躱す。
(本当は、嬢ちゃん達も予言の子とやらだと一目でわかったから近づいた訳だが……、まだそんなことを言う必要は無い。俺の正体をバラすには、ちと早計だ。それに……)
ちらり、と男がジンガに視線を送る。
(実力を見極める為とはいえ、拉致されるのを傍観してたのは事実だからな)
「ま、気にすんな。シオンと坊ちゃんには、ちょいと借りがあんのさ」
「あの……その、坊ちゃんというのは辞めてくれないか」
「なんだ、呼ばれ慣れてるかと思ったんだが……不服かい。坊ちゃん」
「イオンか僕。どちらが呼ばれているのか、分かりにくいんだ」
「あー、そりゃあそうか。じゃあ、いいぜ。坊ちゃんのことはジンガって呼んでやる」
イオンを煽るように、わざとニヤニヤと笑みを浮かべる。それを見たイオンは澄ました表情で淡々と答える。
「僕は別にそのままでいいですよ。名乗らないような相手に名乗る必要性を感じませんから」
「突っかかるなぁ。全く……俺も随分と嫌われたもんだねぇ」
「嫌っていませんよ。貴方を信用していないだけです。それで、貴方はいつまでついてくる気なんですか?」
じろり、と睨みつけるイオンに対して、飽きるまで、と答えると男は言った。
「なんで、そんなに敵視するのか……。言ったろ? 目的が同じだって。俺はこの街にも、審判の飴についても詳しいと自負している。何かと便利だと思うけどねぇ」
「便利に利用されるのは、僕たちなんじゃないですか?」
折り合いの悪いやり取りに、シオンとジンガは顔を見合わせてため息をついた。
「……イオンのあんなとこ、初めて見たけどさ……意外と子供っぽいところあるんだね」
「しっ……。あれだけ揶揄われれば、苛立つに決まってるだろう。僕には割と親切にしてくれるのに、どうして、あの人もイオンだけに構うのか……」
「イオンは真面目だからねぇ。完全にいい反応する相手だって、覚えられちゃったんじゃない?」
「そうかもしれないな。現に今も……、愉快犯って感じがするよ」
そんなことを話している間にも、目の前で生産性のない掛け合いをする大人達に、二人のため息が重なった。
◇ ◇ ◇
「あれ、こっちの道は通らないの?」
明らかに回り道をしようとする男に、シオンが不思議そうに問いかける。
「あぁ、この道は駄目だ。まぁ……、スラムってやつだな。痛い目にあいたくなかったら、危険だから近づかないのが身のためさ。シオン達とは生きる世界が違うんだ」
そっと、細道を覗き込むと、ボロボロの布切れをまとい、しゃがみこんでいる痩せ細っている子供と目が合った。その虚ろな視線は、街ゆく人々を濁った目で追いかけていた。
ギクリ、とシオンの背中を嫌な感覚が撫ぜる。
元の世界……日本にいた時はスラムなんて見たこともない。ホームレスだって、駅を歩いていた時にダンボールに寝転ぶお爺さんをたまに遠目で見かけたくらいで、別世界の出来事のように感じていた。
自分に何か出来ることもないのに、視線が合ったままでいるのも心地が悪くて、シオンはつい視線を逸らしてしまった。
「あれ、今のって……」
視線を逸らした先、スラムの向こう側に見知った姿が横切った。
学園都市でシオンを救ってくれた存在、ノワールだ。
「ねぇっ、ちょっと待って!」
(どうして、ノワールがこんな所に?)
急いでいるのか、シオンの声に気づかずに走り去るノワールを思わず追いかけた。急に集団から離れてスラムに駆け込んでしまったシオンを、慌ててイオン達が追いかける。
「シオン、待って! ここは入ったら駄目だって、言われたばかり……。…………え?」
スラムの中はツギハギだらけの建物も似た造りが多く、道無き道や狭い道、曲がりくねった道が慣れない人間の侵入を阻んでいた。
慣れないスラムの道を走って、ノワールを夢中で追いかけるシオンにイオン達が追いつくことは出来ず、すぐに見失ってしまう。
「あぁ、もう……! 急に走り出してどうしたんだ……?」
「誰か知り合いを見つけたみたいでしたけど、シオンのことだから、スラムのことも、僕達との合流をどうするかってことも、絶対に頭から抜けてますよ」
「はぁ……。抜け道……を聞いても、どこに向かってるのかも分からないから意味はないし……、せめて魔法を使ってくれたら、僕が探知出来るんだけど……」
「魔法を使う状況にはなって欲しくないですけどね」
頭を抱えるイオンをジンガが慰める。
「二人が襲われた件もあるからね。すぐに動けるように抜け道だけでも把握しておこう……、どうせ貴方ならこの辺の道も詳しいんでしょう……、あれ……? あの人は、どこに行ったんだ……?」
気持ちを切り替えて、いつでもシオンの元に向かえるように、スラムの道を把握しようとしたイオンは、男の姿もなくなっていることに気がついた。
「シオンを追いかけたのかな。せめて、あの人がシオンと合流していてくれたらいいんですけどね……」
男に一定の信頼を向けるジンガが、ぽつりと呟いた。




