72話 危ういねぇ
「ご自分でも分かっているみたいですね。信用出来ない相手の話は聞く価値が無い。そうでしょう?」
イオンがじろりと睨みつける。
「そう邪険にするなって、お嬢さんを悪く言って悪かったよ。そんなに、このお嬢さんが大切か?」
このままでは話が進まないと踏んで、シオンが一歩前に出た。
「イオン、待って。話だけでも聞いてみない? 私とジンガのこと、倉庫で助けてくれたわけだし……。それに、なんかこの人が悪い人って気が全然しないんだよね」
「それは、君たちを騙す為に恩を売ったのかもしれない。いや、気を許して貰う口実に、わざと君たちが捕まった時も見て見ぬふりをしたのかも……」
「イオン。ねぇ、イオンってば! いつも冷静なイオンらしくないよ! そりゃあ、そういう可能性だってあるかもしれないよ。だけど、いつものイオンならまずは話を聞いてみようとするはずだよ。利用出来るものは利用するって、割り切るはずでしょ!?」
そう言われて、イオンが動きを止める。情報の揃わないうちに結論を出すのは、研究者として早計だとしか言えない。
冷静さを欠いていたことに気づいて、イオンが黙り込む。
「貴方も。わざとイオンを煽ってるでしょ。なんか……怒らせて相手の出方を伺ってる……みたいな感じ。そういう回りくどいの、私、めっちゃ嫌だから言うけどさ……信じて欲しいんだったら、信じてって最初から言えばいいじゃん!」
「……なんだ、そりゃあ。そんな言葉一つで、お嬢さんは見ず知らずの相手の言うことを信じるっていうのか?」
「信じるよ!」
曇りなき眼で言い切るシオンに男は息を飲んだ。
どこまでも前向きで、純粋なシオンに男は意地の悪い質問をする。
「それで、信じた相手が悪い奴だったらどうするんだ?」
「そしたら、私の見る目がなかったってだけでしょ?」
そう言って、にっこりと笑いかけるシオンを見て、男は帽子を深く被った。
(このお嬢さんは、ただの底抜けのお人好しなんかじゃない。お嬢さんの言う信じるは、騙されてもいい、だ。なんて……)
「…………危ういねぇ」
男がぽつりと呟いた。
「ん? どーしたの?」
「いいや、なんでもない。……いきなり嫌いなんて言って悪かったな。昔の知り合いに嬢ちゃんが似てたんだ。素直で人が良くて、俺みたいな悪い奴に騙されやすそうなところが」
「それって、大切な人?」
「……どうしてそう思う」
「だって、嫌いって直接言われたのにはびっくりしたけど……、本当に私のこと嫌ってる感じがしなかったもん。なんか、心配されてるみたいな……私に重ねた誰かに苛立ってるみたいな感じ?」
首を傾げて、人差し指を唇にあてるシオンに、男は声を上げて笑った。
「……ははっ、お嬢さんもそいつに負けず劣らずお人好しだよ」
男はひとしきり笑い終えると、真剣な眼差しでシオンに向き直った。
「……さて、と。気を取り直して……本題に移ろうか」
勝手に話を掻き乱していた癖に、とイオンが冷たい視線を送る。それも、次に男の口から出てきた単語によって覆される。
「……審判の飴。お嬢さん達は、あれの出処を探ってるんだろう?」
「……っ、どうしてそれを……っ!」
「しぃ、静かに。この街で俺に知らないことなんてないのさ」
人差し指を薄い唇にあて、声を荒らげたイオンをたしなめる。
「どうだ、俺の話を聞く気になったか? なぁに、悪いようにはしない。審判の飴とやらをこの街から無くそうってんなら、俺の飼い主と目的は同じなんだからさ」
「貴方の……飼い主?」
「そう。知らず知らずのうちに自身の放つ熱で周りを焼き潰す、太陽みたいな怖ーい虎の子さ」
◇ ◇ ◇
「へぇ、シオンの瞳は彼女と同じアメジストか。真っ黒な髪に淡い紫が映えるねぇ」
何気ない素振りでシオンの髪をすくうと、さらりと指を滑らした。謎の色気を感じさせる一連の動きに、ドキリと動きを止める。気を紛らわせるように、シオンはわざとらしいくらい、声を上げてはしゃいだ。
「わーっ! この服、ちょっと透けててひらひらしててめっちゃ可愛い! めっちゃ映える〜! 学園の制服は暗い色だったから新鮮なんだけど、あれって防御魔法かかってるんだよね? 今更だけど……服変えちゃって大丈夫なの?」
「これ、魔法鉱石だろ。防御魔法はこいつにかかってるから、付け替えれば他の服でも同じ効力は得られるさ」
「あ、そっか。なーんだ、だったらもっと早く普通にお洒落すれば良かったじゃん」
「そういうもんか? 俺は随分と制服が似合ってるとおもったけどねぇ」
「あははっ、ありがと! おにーさん、怠そうにしてるわりに案外口説きなれてんね!」
いつの間にかシオン呼びをしている男と、あっけらかんと笑うシオンのやり取りを遠目で眺めて、ジンガとイオンは複雑そうな視線を送る。
「それで。いい加減、名乗ったらどうですか」
気分を害したお詫びに服屋に連れていってやる、と言った男に向かって、トゲのある物言いでイオンが問いかける。
「アンタらも、別に俺に名乗ってないだろう?」
「それでも、事前に知っていたのか知らないですけど、貴方は僕たちを知っている。公平じゃないじゃないですか」
「世の中は不公平に出来てるもんだぜ? お坊ちゃん」
無駄に煽ってくる男と真面目なイオンの相性は最悪なようで、シオンが目を離すとすぐにバチバチと火花を散らす。
「ああもう! また、イオンのこと揶揄って……、一緒に行動するなら空気悪くするの禁止! 分かった!?」
分かった分かった、と軽くあしらう男をシオン越しにイオンは睨みつけていた。




