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7話 閃光のエクレール

 



「改めて、本年度よりこのクラスの担任兼、魔法実技を受け持つエクレール・ノクターンだ。教師として授業をするのは初めてなので頼りない部分もあるかもしれないけど……有意義な時間になるように努めるので、これからよろしくね」


 授業前のエクレール先生の堂々とした自己紹介に、大きな拍手がわいた。

 頼りにならないかもしれないと本人は謙遜(けんそん)をしているが、その立ち振る舞いからは新任の教師には見えない頼もしさを感じる。


 その疑問が表情に出ていたのか、隣の席に座ったフリージアが自分の事を自慢するように満面の笑みで言った。


「ねぇねぇ、シオン。新任っぽくないって思ってるでしょ?」


「うん、それになんか皆凄く嬉しそうだし……」


「そりゃあそうだよ! エクレール先生は元々有名人だからね! 皆、本物が見れて嬉しいんだよ!」


「有名人って?」


「ふっふっふ〜。エクレール・ノクターンといえば、水中都市エストラルの王国騎士団の団長なの! 光の速さで相手に詰め寄って、繰り出される剣技からは誰も逃れられない。魔法を使った戦闘では、光の矢を振らせて雷をも落とす。ついた二つ名が……」


 フリージアが勿体ぶって指を左右に振った。


「閃光のエクレール」


「ちょっと、ジェイド……! そこ、一番言いたかったところなのに!」


 決め台詞を取られたフリージアが、リスのように頬を膨らませて、拗ねているのだとアピールする。


「悪かったって……。俺も本物のエクレール騎士団長を見るのは初めてだからさ。ちょっと舞い上がってる」


「まぁ、ジェイドの憧れの人だもんね」


「……騎士としての実力だけじゃなく、その高い能力から数々の功績をあげて、二十二歳という若さで団長になったんだ。俺も、将来はエクレール騎士団長みたいに剣と魔法、両方使える騎士になりたいと思っているんだ」


「小さな頃からの夢だもんね」


「大切な人を守れるように、強くなりたいんだ。……そういう意味で、エクレール騎士団長は俺の憧れで目標なんだ」


 真っ直ぐな眼差しでエクレール先生を見つめるジェイドが少しだけ羨ましくて、シオンは茶化すように訊ねた。


「大切な人って、恋人とか?」


 一瞬、フリージアの表情が曇ったのをシオンは見逃さなかった。


「……違う。けど、傷つくところはもう見たくないから、傍で守りたいと思っているんだ」


 強い意志を感じさせる眼差しで、ジェイドがフリージアを見つめた。けれど、その視線に気づかずに暗い表情になるフリージアを見て、シオンはすれ違っているであろう二人の微妙な関係性に気がついた。


「……あー、そっか。もう将来の夢があるなんて、ジェイドは凄いね」


 気まずい雰囲気にシオンが話を逸らそうとすると、フリージアが下がった眉を無理矢理上げて、作り笑いを浮かべて言った。


「……ジェイドってば本当に凄いよね! 昔っから勉強も出来るし、運動も得意で……。わたしなんかとは大違い!」


 あっけらかんと自虐するフリージアをジェイドが拳で小突いた。


「私なんか、って言うのは禁止だって言っただろ? フリージアの凄いところは努力し続けられるとこなんだから。体操の練習、子供の頃から毎日ずっと続けてるんだろ」


「……それでも、お姉ちゃんには敵わないんだけどね」


「どうした?」


「ううん、ごめんごめん! ジェイドが凄すぎて、ネガティブ出ちゃってたよ〜。自分のこと下げる必要はなかったよね。ごめんねっ、気をつける!」


 フリージアのコンプレックスや恋心が見え隠れした事は置いておいて、幼馴染二人のお互いを知り尽くしたやり取りに、シオンは思わず『仲良さそうでいいなぁ』と小さな声で呟いた。


「「シオン?」」


 ついこの間までは、元の世界の友達とこんな風に気兼ねないやり取りをしていたのだと思い出してしまい、シオンの瞳が寂しげに揺れた。

 それが転入生としての不安だと思ったのか、フリージアがぎゅっとシオンを抱きしめた。


「ねぇ、シオン! 転入したばかりで心細いかもしれないけど……これからたっくさん遊んで、もーっと仲良くなろうね!」


 打算も何も無い純粋なフリージアの笑顔は、傍に居るだけで見る人を元気にさせる。シオンはそっと腕をまわして、フリージアの気持ちに応えるように抱きしめた。


(今はこの世界が私の生きる世界でしょ。ホームシックになんかなってないで、目の前にいる人達に向き合わなくっちゃ!)


 フリージアを強く抱きしめて、シオンは心の中で自身を鼓舞(こぶ)した。


 三人で話をしていると急に頭に軽い衝撃を感じて、シオンは驚いた表情でジェイドとフリージアを見つめた。

 どうやら、三人とも丸めた教科書でエクレール先生に頭を叩かれたようだ。


「君達ね……。まだ自己紹介とプリントを配っているだけとは言っても、授業中だからね。私語は慎むように」


「「「すみませんでした!」」」


 慌てて立ち上がって謝罪をするジェイドにつられて、シオンとフリージアも急いで立ち上がって頭を下げた。

 頭上からエクレール先生の笑いを堪える声が聞こえて恐る恐る顔を上げると、『そんなに怒ってないよ』と三人にだけ聞こえる小さな声でエクレール先生は(ささや)いた。


「授業が始まったら、しっかり話は聞いてね。……あと、閃光のエクレールっていうの、少し恥ずかしいから呼ばないでくれると嬉しいな」


 照れ臭そうにそう言ったエクレール先生が、さりげなくウインクをして教壇へと戻って行った。


「……なにあれ、かっこよすぎじゃない?」


「……わかる」


 思わず溢れた本音に、フリージアとジェイドまで、うんうんと頷いでいる。


「それにしても、その凄い騎士団長がなんで学校の先生をやってるの?」


 最もなシオンの疑問に、フリージアが声を(ひそ)めた。


「それが、急に今年の担任と魔法実技の先生に決まったらしくて、いろんな噂があるんだよね……。偉い人から密命を受けてるんじゃないかーとか、騎士団を副団長に乗っ取られてクビになったとか」


「……あんまり噂に踊らされるなよ」


「わかってるよ〜! 先生と話すタイミングがあったら、ちゃんと自分で聞くつもりだもん!」


 フリージアらしい真っ直ぐな宣言を聞きながら、シオンはエクレール先生へと視線を向けた。


(このタイミング。まさか、私が……予言の子が現れたから、とかじゃないよね?)


 シオンの疑問に応えるものはなく、流石に考えすぎだろうとシオンは配られたプリントに目を向けた。


「プリントは全員に配られたね。それじゃあ、楽しい魔法実技を始めようか!」



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