66話 らしくないじゃん
「なんか、眠れない……」
ベットに潜り込んだのに寝付けなかったシオンは、諦めてベットからのそのそと這い出た。
中国ドラマに出てくるような刺繍の入った赤いカーテンを開けると、さっきまで過ごした街並みが赤い提灯で別の世界みたいに見えた。
(――あ、やばい。なんか、泣きそうだ)
東京の夜景とは違う異世界感ある光景に、シオンは後ずさりをした。
「……そうだ、星! 星空を見に行こう!」
誰もいない部屋で言い訳するみたいに明るい声を上げて、シオンはこっそり部屋を出た。
「確か、リビングの二階の窓から屋根に登れそうだったよね……」
ギシギシと階段が軋む音がする。
誰もいないリビングから屋根に登ると、シオンはちょこんと座って星空を見上げた。
「わ……っ! 凄い……っ!」
屋根を越えた先は、地上にぽつりぽつりと僅かな明かりしか見えなかった。
屋根を挟んだ向こう側には、赤い提灯が連なり、煌びやかな赤い街が広がっているのに。
「そっか、確かこっちは王家の力が及ばない世界……なんだよね」
地上に明かりがない代わりに、夜空には満天の星空。悩み事なんてちっぽけに思えるくらい、シオンの視界を埋めつくした。
「……星空は、どこから見ても綺麗なんだね……」
故郷の空を思い浮かべて、シオンは寂しそうに呟いた。
◇ ◇ ◇
階段の軋む音が気になって、ジンガが部屋の外に出ると、シオンがリビングへと向かうところだった。
その後ろ姿が酷く寂しげで、ジンガは声をかけられずに小さくなる背中を遠くから眺めていた。
「…………やっと、こっちの世界で出来た居場所か」
フリージアとジェイドとの別れ。
気丈に振舞ってはいたが、心細いに決まっていることは誰が見ても分かりきっていた。
「僕なんかが心の支えになれるわけない、な。僕がジェイドだったら……君にもっと寄り添ってあげられたのかな」
嫉妬とは違う羨ましさと、自分自身の不甲斐なさから、ジンガはシオンに声をかけれずにいた。すると、物音を聞きつけてきたのか、いつの間にかジンガの後ろに立っていたイオンがポンと肩を叩いた。
「声、かけてあげないの?」
「……僕が行ったところで、何の役にも立たないでしょう」
「そんなことはないよ」
にっこりと微笑むイオンに、ジンガは苛立ちを隠せずに怒鳴りつけた。
「……ッ、そんなことあるんですよ……っ!」
イオンは何も言わずに、ジンガの言葉を待つ。
「…………いや、すみません。イオンさんは知らないでしょうけど、最悪な出会いというか、僕が一方的に嫌な奴だったから……少し前まではシオンと仲良くなかったんですよ」
ジンガが俯きながら、自嘲気味に言い捨てる。
イオンはそれを否定も肯定もせずに、静かに問いかけた。
「うん、君たちと出会う前のことは知らないよ。でも、今は仲良くなったんでしょ?」
「それは……シオンが水に流してくれているだけです」
気まずそうに視線を逸らすジンガを見て、イオンが声を上げて笑う。
「ふふっ、ジンガは意外と引きずるタイプなんだね。シオンはもうそんなこと気にしていないと思うよ。ほら、シオンって嫌いな人とは仲良くできないタイプでしょ」
「それはそうですけど……」
「煮え切らないなぁ。負い目があるなら尚更、気丈に振舞ってるシオンの力になってあげなよ。寄り添うのに遅いなんてないんじゃない? 飾らない自分を見せられる相手がそばに居るって、案外心強いものだよ」
ネージュのことを思い出しているのか、イオンは伏し目がちに穏やかな表情で口元を緩めた。
「そういう、ものでしょうか……」
「そういうものだよ」
まだ迷うジンガを横目に、イオンはキッチンへと姿を消した。
「はい、これ。シオンなら屋根の上で星を眺めているよ」
煮え切らないジンガにホットミルクを押しつけると、イオンはひらひらと手を振って、自分の部屋へと戻っていった。
「……どうして、今更僕の周りにはお節介で優しい奴ばかり集まるんだ」
ジンガはリビングのソファに掛けてあったひざ掛けを片手に、屋根の上にいるシオンの元へと向かった。
ギィ。
屋根の軋む音にシオンが振り返った。
「ジンガ? どうしたの、もしかしてジンガも眠れないの?」
「ふんっ、眠れないのは君だけだろう。……ほら、これ」
ジンガはぶっきらぼうにひざ掛けをシオンの背中に落として、ホットミルクを手渡した。
「……びっくりした。まさか、私の為に持ってきてくれたの?」
「……悪いか」
目を丸くして驚くシオンに、ジンガはバツが悪そうにそっぽを向いた。
手渡されたホットミルクをシオンは両手で包み込んだ。
「ううん、悪くない。ありがと。ちょっと肌寒くなってきたなぁって思ってたんだ」
「ホットミルクはイオンさんが持ってけって……」
「流石、イオン。気が利く〜。ジンガもありがとね、ひざ掛けはジンガが持ってきてくれたんでしょ?」
「……別に」
照れ隠しの素っ気ない態度に、シオンは声を上げて笑った。
「……眠らないのか?」
「うーん、『私が世界を救わなきゃ!』なんて意気込んで、ジェイドとフリージアと別れた癖にさ……いざ、旅立っちゃったら寂しくて……ちょっと眠れなくなっちゃった」
へへっ、と眉を下げて笑う姿が消えてしまいそうで、繋ぎ止めるようにジンガはシオンの手を握った。
「……そんな顔するなよ。……僕が、いるだろう」
「ジンガ……?」
冷え切ったシオンの手に重ねられたジンガの手のひらまで、あっという間に冷たくなっていく。
恋人がするような色っぽさなんてものはなく、ジンガはただ……初めて出来た友人を励ましたくて、その手を強く握った。
二人の間で、ぬくもりが移っていく。
「……らしくないじゃん」
「君がらしくないから、僕もらしくなくなったんだよ」
「……そっか。あはっ、ジンガの手、冷たくなっちゃったね」
「君の手は少し温かくなったよ」
そう言ったジンガの横顔を盗み見ると、とても優しい表情を浮かべていた。




