62話 遅効性の毒のように
あれから一週間が経ち、フリージア達に別れを告げたシオンとジンガとイオンは、ヴォーロの飛空艇で 陽華商虎へと向かっていた。
きな臭い場所も多いという 陽華商虎はゲートで行き来することは出来ないようだ。
「あんな別れ方で良かったのかい?」
「いいの、いいの! あんまり名残惜しんでも、離れがたくなっちゃうし、またね! 行ってきます! くらいのラフさで丁度いいんだよ」
自分に言い聞かせるように、いつものように明るい声で笑うシオンだったが、その声には覇気がない。空元気なのがバレバレだ。
「ふんっ、君はいつも平気なフリばかりだな。星守シオン」
「あははっ、なんかジンガには見られたくないとこばっかり見られてる気がするなぁ……」
「……いいんじゃないかい? 心配させてしまうから、ジェイド達には見せたくないんだろう? 僕は君を慰めたりしないからね。弱音を吐くのなんて、僕くらいの関係性が丁度いいのさ」
「……そうかもね。ジンガになら気を使わなくていいしね! ってか、またフルネームで呼んでるんだけど?」
「……癖になっているんだ。この嫌味な話し方も、さ。気をつけるよ、シオン」
「ふふっ、徐々に慣れてけばいいよ。今のジンガは嫌な感じしないし、そーゆーツンデレなとこも結構面白くて好きだからさ」
「……うるさい。気軽に好き、とか言うのはやめてくれないか」
「あはっ、すーぐ照れるんだからっ!」
少しだけ元気を取り戻してバシバシと背中を叩いてくるシオンに、ジンガはほっと胸を撫で下ろす。
「ふふっ。君達、本当に仲がいいね」
「なぁに、イオンも仲間に入る?」
「お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「おっ、流石ノリいい〜! ねっ、イオン。今から行く国ってさ、治安が悪いって言っても、一部の話なんだよね?」
「うん。シオンにも分かりやすく言うと、薬や売人のいるスラムと、遊郭のような色と情報の溢れる歓楽街、そして表は王族が支配する活気ある中華街。そんな陰と陽がくっきりと分かれた中華ファンタジーっていう表現がしっくりくる国かな」
「肉まんとか水餃子とかあるかな!?」
「ふふっ、あるかもしれないね。まずは飲食店を探してみようか?」
「やったー! ちょっと、テンション上がってきたかも!」
◇ ◇ ◇
「あはっ♪ シオンちゃんってば、食いじはってる〜♪」
ノイズ混じりに聞こえてくるシオン達の会話を盗聴しながら、アンジュは楽しそうにスピーカーをつついた。
「アムちゃんの言う通り、ネックレス捨てずにつけてるみたいだね〜♪」
「ネックレス自体は、武器として相性が良かったようだからな。盗聴のリスクなど考えてもいないのだろう」
「敵に貰った物使っちゃうなんて、ほ〜んとシオンちゃんってば、か〜わいい♪ あの武器ってアムちゃんが自由に制御出来ちゃったりするの〜?」
「そこまでは出来ない、あれは元々部屋に落ちていたガラクタだからな。奴らと袂を分かつと確信して、盗聴魔法をかけておいただけだ」
「ふ〜ん、アムちゃんってばナイス〜♪」
意外と会話が成り立っているアンジュとアムレートを横目に、ノワールがぽつりと呟いた。
「……シオン。これを、運命と呼ばずしてどうするか」
あの日、魔法を暴走させていた男から偶然救った少女を思い浮かべて、ノワールは眉をひそめた。半ば強引にお礼をすると捕まったひとときは、とても心地の良い時間で、ただの一期一会の思い出に留めておきたかった。
それが、因縁の相手になるかもしれない可能性に、ノワールはひっそりとため息をついた。
そんなノワールの心の内を知りもしない藍焔が不思議そうに訊ねる。
「それにしても、予言の姫とは何者なんでしょうね。我々の存在を九百年も前に予言していたとは……」
「…………予言の姫、まさか……」
「ノワール様? 心当たりがあるのですか?」
「……いや、彼女であるはずがない。九百年前どころではない。彼女はとうの昔に死んでいるはずだ」
予言の姫に当てはまる人物を知っているのか、この時代に生きているはずがないとノワールは首を振った。
神妙な顔でネックレスを取り出すと、片手でロケットを開けて中に描かれている女性を見つめる。
「母様…………」
「わーぁ、この方がノア様のお母さんですか〜? すっごく綺麗な人♪ 髪色とか目元がノア様にそっくり〜♪」
近寄り難いノワールの雰囲気をものともせず、アンジュがロケットを覗き込む。
「……アンジュ……ッ! 貴女はまたそんな馴れ馴れしく……失礼な……!」
「……藍焔、構わない。それがアンジュの良いところだからな」
「ノワール様……」
「ふふ〜ん♪ さっすが、ノア様は優しくてアンジュ、だ〜いすきっ♪」
「全く……貴女ももう少し、仕える者としての自覚を持つべきですよ」
「別にぃ〜? アンジュはノア様に仕えてるわけじゃないもん♪ ノア様は恩人だし、大好きだから〜役に立ちたくてくっついてるの〜♪ それに、ノア様にくっついてると退屈しないしね〜♪」
「はぁ……。アムレートもアンジュも、好き勝手なことばかり言って……どうしてこの場には忠誠心がある者が私しかいないのでしょうね」
「それはねぇ〜、藍焔がアンジュ達のお目付け役に選ばれたから〜でしょ?」
「はぁ…………」
暗がりで怪しい組織のメンバーが集まって話をしているにしては、和やかな雰囲気が流れている。そんな空気を引き締めるように、藍色の長髪を後ろで束ねたスーツ姿の青年、藍焔がピシャリと話を戻した。
眼鏡の奥の冷たい瞳が光る。
「それで、アムレート。本題ですが……審判の飴の改良は問題無さそうですか?」
「あぁ、問題ないな。特効薬の研究結果に試作品、ジンガから取らせて貰ったデータも持ち出してある」
「そうですか。では、行き先が予言の子と同じ……というのも気味が悪いですが、材料調達と改良版の審判の飴を裏社会に流すということで宜しいでしょうか?」
藍焔が、指示を仰ぐようにちらりとノワールを見た。
「行き先は、九龍寨城 陽華商虎。この歪んだ世界を、俺達が世界の裏側からひっくり返す」
それぞれ好き勝手に振舞っていた三人が、ノワールの号令で同じ表情で口元に笑みを浮かべた。
「偽りの幸せを享受して、甘い蜜を吸い、平和に暮らす者達は気づかない。遅効性の毒のように、審判の飴はゆっくりと歪んだ世界を蝕んでゆく」
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2章 探求者の国シャルム編が完結となります!
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