59話 奇跡なんて、なかったよ
「フリージアもジンガも回復したようで良かったよ。ネージュさん、イオンさん、生徒達を救って頂いて……ありがとうございます」
ホログラムのような通信具に映し出されたエクレール先生が深々と頭を下げる。
先行で学園に状況報告をしていたものの、フリージアが自分で身動きが取れるようになるまで、回復を待っていた為にアムレートの家での出来事から一週間が経とうとしていた。
「頭を上げて下さい。医療塔に所属する者として、当たり前のことをしただけですから」
フリージアを運び込んだ時以来のネージュとエクレール先生が、大人のやり取りをしている横で、興味深そうにシオンが通信具をまじまじと見つめている。
「それにしても、これ。めっちゃ凄いね……。エクレール先生がマジでそこに居るみたい……。しかも、電話会議みたいにセバスチャンとも繋がってるんでしょ?」
「えぇ、私からもシオン様の姿は見えておりますよ」
審判の飴と予言の子。これらの関係者……といっても、エクレール先生とセバスチャンだけではあるが、アムレートの家で起こったことを伝えるべく、フリージアの病室へと全員が集まっている。
フリージアも回復して、やっと自分に何が起こっていたのかを聞くことが出来ると、この電話会議に前のめりなようだ。
これまで起こった経緯を説明するシオン。アムレートの話をする時、ネージュを気にして視線を送ると、ネージュは申し訳なさそうに「大丈夫だ、話してくれ」と促した。
「そっか、あの時に食べた飴のせいで……。ジンクスなんかで舞い上がっちゃって……私ってバカだなぁ。……ジェイド、ごめんね」
「ごめんって、何が?」
「……うぅん。心配かけてごめん」
シオンはぼかして話していたが、ジンガの暴走が飴の過剰摂取が原因だったということは、魔力量も少ないフリージアにとって、たった二つの飴でも毒だったに違いない。
あの時……良かれと思って自分の分の飴をくれたジェイドが、フリージアが目を覚ますまでの間、どれだけ自分を責めていたのか。それを察したフリージアは、今もなお責めて欲しそうにしているジェイドに、何も言えずに口を噤んだ。
「あの、さ。フリージアもジンガも助かって本当に良かった。でも……これで解決、学園に戻ろう。なんて言えないや。……私、学園を出て、飴について調べようと思う」
「シオン……!?」
「今もまだ、この飴に苦しんでる人が沢山いる。目の前で突然当たり前だった日常が奪われて、元気だった友達が急に目を覚まさなくなって、世界の危機ってやつをやっと理解した。……世界の危機は遠いどこかの物語じゃない。私のすぐ近く、この世界で出来た大切な人達の日常を脅かしてるってことなんだ」
シオンはぐっと拳に力を入れた。
「これが始まりに過ぎないんだとしたら、放っておいちゃ絶対にダメ! アンジュ達が何者なのか、何のために審判の飴を世界中にばらまいてるのか、突き止めて……辞めさせなくちゃダメだ!」
「……っ、シオンの気持ちはわかるよ。でも、それって……シオンがやらなきゃいけないことなのかな……? この世界に来たばっかりで魔法もやっと使えるようになったばかりで、そんな普通の女の子なんだよ……? 世界の命運なんて、もっと大人の偉い人達に任せちゃダメなのかな……?」
フリージアがおどおどと、それでも芯の通った眼差しで、魔道具越しのセバスチャンを見つめた。
「私共としましても、心苦しいのですが……予言の子はシオン様とイオン様なのです」
「そんなの、勝手にこの世界に連れてこられたんじゃないんですか……っ!?」
「フリージア……! やめて……っ、セバスチャンも知らないんだよ。連れてこられたことに、関係ないの」
声を荒らげたフリージアをシオンが慌てて制止する。
「フリージア様の仰る通りでございます。何も分からず連れてこられたシオン様達に、私供が勝手なお願いをしていることも重々承知しております。けれど……、予言の子が動かなければ、運命は変えられないのです」
そう言うと、セバスチャンはシオンがこの世界にやって来た日に話したことをフリージア達へと伝えた。
どの時代に危機が迫り、予言の子が現れる。という時間の指示すら無い予言を信じて、待ち続けていたこと。
待ち続けていた九百年の間に、各国の連携は取れなくなってしまい、予言の子の保護を目的としていた御屋敷に戦力は存在しないこと。
危機や敵が何なのかも漠然としていること。
いまや、おとぎ話となってしまった錆びついた予言で、騎士団や他国の大人達を動かすのは難しいということ……。
「水中都市エストラルの誕生や、魔法鉱石による時代の変革に深く関わったとされる、御屋敷の力は確かに未だにいくつもの国に及ぶかもしれない。けれど……予言から九百年も経っているんだ、何事もなく、平和にね。戦力を貸してほしいと言ったところで、まともに取り合ってくれる人はいないだろうね」
騎士団も同じ考えだったのだろう。例え、予言の子が現れたと聞いて、騎士団長のエクレール先生が駆り出されたところで、「たられば」の予言を信じて自国を手薄にしてまで騎士団を動かすことなど出来ないのだ。
「それに、私も今回のことでわかったの。私が動かなかったら、特効薬を創るのに必要な情報がイオンに届かなかった。イオンが動かなければ、特効薬は完成しなかった。予言の子っていう、この世界にいなかったはずの私達が動かなかったら……フリージアは助からなかった」
シオンの言葉に、沈黙がおとずれる。
「奇跡なんて、なかったよ」
シオン達、予言の子が動けば人を救うことが出来る。それは、逆を返せば、動かなければ予言は果たされず、救えるはずだった誰かを見殺しにしてしまうかもしれないという、どうしようもない事実だった。




