50話 このままじゃ、間に合わない
フリージアを諦める訳にはいかない、けれど、ヴォーロの言う通り一か八かで試作品を飲ませる以外、選択肢は残っていなかった。
「……現実的に考えて、試作品を飲ませるのは反対だ。まだ人の口に入れる段階じゃない。魔法による試験もまだ終わっていないんだ。……これが毒になるか薬になるかも分からないんだ……研究者として到底許可は出来ないよ」
いつも余裕満ちたイオンから告げられた完全な拒絶は、医者に告げられる余命宣告にも似た力を持っていた。
絶望が拡がり、静寂が訪れる。
どうにかしたいのに、何も出来ない無力感に誰もが項垂れていたその時だった。
パシッ。
「ジンガ…………?」
イオンが持っていた特効薬の試作品を、ジンガが奪い取って間髪入れずに飲み干した。
「…………苦っ。……これで他の異変が起きずに、僕の身体の中から飴の成分が消滅していたら問題はないんだろう?」
あまりにあっさりと言ってのけるジンガに、その場にいた全員がぽかんとただ見つめていた。
「え? ジンガ……何、やってんの……?」
シオンの問いかけに、ジンガは何事も無かったかのように平然と答える。
「別に。この1ヶ月、散々検査に付き合わされて、ずっと見ていたからね。この二人が天才なのはわかっている。その二人が完成させたモノなら、問題ないはないだろう。……僕を惨めたらしくした、この忌々しい飴をさっさと僕の身体から消し去ってしまいたかっただけさ」
「……いや、そんなの嘘だ。だって……、ジンガはそんな危険を侵すようなやつじゃないでしょ。まだ安全かも分からないのに飲んじゃうなんて……まさか、フリージアの為に……?」
「ふんっ。余計な勘ぐりを入れられても困る。フリージア・エキナセアがどうなったところで、僕にはなんの関係もな……っ!?」
ジンガの身体に異変が起こる。
青ざめた顔で冷や汗をかきながら、胸を掻きむしって苦しむジンガに、悲鳴のような心配する声が上がる。
「ジンガッ……! ねぇっ、ほんとに大丈夫……っ!?」
「しっかりしろ、ジンガッ……! どうしてお前がそんな無茶を……っ!」
「君たち……うる、さい。少し、黙っててくれないか、な……」
うずくまって意識を保つのがギリギリといった様子の中、ジンガは悪態をついてシオン達を追い払おうとする。
「……ぅ、ぐ……っ!」
「「……ジンガッ……!」」
ついには、床に倒れ込んでもがき苦しむジンガを、シオンとジェイドは為す術もなく見つめることしか出来なかった。
「二人ともどいて。僕には痛みを和らげるような魔法しかかけてあげられないけど……少しはマシなはずだよ」
「ねぇっ、イオン……! これ、ジンガは大丈夫なんだよね……っ! ふ、二人は……天才、なんだもんね。試作品って言っても大丈夫に決まってるよね……っ」
「理論上は完成しているよ。けれど、大丈夫とは言いきれない。保証がないからこそ、試作品と呼んでいるんだ」
「そんな……っ」
「この様子なら、恐らく……効果は出ているはず。今、ジンガの身体の中ではウイルスを倒すみたいに、飴の成分を消し切ろうと戦っているんだ。ただ、こんなに苦しむなんて……消し切るまでにジンガが耐えられるかどうか。だから……今の僕らに出来るのは、ジンガ自身の気力を信じることしか……」
縋るようなシオンに、イオンは研究者として淡々と応えた。その瞳の中に、研究者として一人の命を背負う覚悟を感じたシオンは、それ以上何も言うことは出来なかった。
イオンもまた、自分の戦場で戦っているのだ。
「……ジンガ、お願い。頑張って……」
もがき苦しむジンガの手を握るシオン。
その様子を遠巻きに観察しているアムレートの瞳は、ビー玉のように無機質にジンガの姿を映していた。
まるで、実験用のモルモットを眺めているような異質な兄の様子に、ヴォーロは気付かないふりをしてそっと目を逸らした。
「ジンガ……、負けないで……っ!」
ぎゅっとジンガの手を握るシオンに、ジンガが弱々しくその手を握り返した。
「……なんて、顔をしているんだ、星守シオン……」
「ジンガ……ッ!」




