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5話 喧嘩だ、喧嘩だっ!

 



 ゲートを抜けると、転移の間と書かれた看板の(かか)げられた大広間のような空間へ出た。ゲートは片道通行のようで、入口側のようにゲートに入る人をチェックする受付はなく、人の気配がしなかった。


 転移の間の扉を開くと、がやがやと生徒達のざわめきが聞こえてきた。


 広い廊下にはシオンと同じ紺色の制服に身を包み、短いマントを(なび)かせる生徒で賑わっていた。制服の肩についている校章に埋め込まれた宝石は、制服に防御魔法を(ほどこ)している。


「うわぁ……本当に何言ってるのか全っ然分からない」


 シオンはポケットの中に入れていた雫型の宝石のピアスを耳につけた。

 稀少な宝石には複雑な魔法が何重にもかけられているようで、云わば高性能翻訳機といったところだろう。


「さっすが魔法の国! ピアスだったら落ちる心配もないし、見た目も可愛くってお洒落だし、めっちゃいい感じじゃん」


 ざわざわと聞こえていた生徒の声が日本語で再生される。振り返って転移の間の看板を見ると、それも日本語に変換されており、文字も日本語に翻訳してくれるようだ。


「言葉や文字を覚えなくていいっていうのは助かるよね。せっかくだからってセバスチャンに教えて貰った文字も、自分の名前とゲート入国で必要な文字だけでギブアップしちゃったし」


 御屋敷にあった本を読もうとして、開いた瞬間にそっと閉じたことを思い出してシオンはため息をついた。


「あれ? そう言えば、どうして翻訳機(ピアス)をつける前だったのに、セバスチャンやお屋敷の人達と会話が出来たんだろう。……まぁ、いっか」


 学園長と担任は事情を知っている為、学園生活については担任の先生から聞くようにとセバスチャンは言っていた。

 学園内の表示を頼りに職員室へ辿り着くと、シオンは控えめに扉をノックした。


「失礼します! 転入生の星守(ほしもり)紫苑(しおん)ですけど、エクレール先生いますか?」


「あぁ、君が星守さんだね。僕が担任のエクレール・ノクターンだよ、宜しくね」


 入口近くの席に座っていた茶髪の青年が急いで駆け寄ってくると、人懐っこそうに微笑んでシオンへ右手を差し出した。


(――綺麗な金色の瞳。この世界の人って皆イケメンなのかな)


 握手を交わして呑気に考えていると、クラスへ行く前に少し話をしよう、とエクレール先生に別室へと(うなが)された。


「聞いているだろうけど、君の事情を知っているのは担任の僕と学園長だけだから」


「他の先生は知らないんですか?」


 シオンが問いかけると、エクレール先生が声をひそめて言った。


「……予言の子、なんだろう? あの御屋敷は少し特殊な立場でね。あの抽象的な予言が何を示しているのか、分からない事が多くてどう扱っていいか決めかねているんだ」


「敵の正体も分からないんですよね……」


 不安そうに目を伏せるシオンを安心させるように、エクレール先生は優しい笑みを浮かべた。


「確かに魔力の暴走は脅威だけど、君の役目はそこじゃないだろう? 危険なことは僕達大人に任せて、今は肩の力を抜いて、魔法に触れてみて。初めて見るんだろう?」


「はい! この学園は魔法で溢れていて、私も使えるかもって思うとめっちゃわくわくしています!」


「そうだろう! 魔法はとても奥深くて美しいんだ。花は枯れることがないし、生活を豊かにしてくれる。君も通ってきたゲート、実は僕も開発に関わっていたんだ」


 よほど魔法が好きなのか、エクレール先生の瞳が子供のように輝いている。


「先生が作ったってことですか!?」


「ふふっ、作ったのは僕じゃなくて……僕の大切な人なんだけどね。ゲートに感動してくれている人の言葉を直接聞くと、僕も嬉しくなるよ」


 ゲート開発について熱く語るエクレール先生は本当に楽しそうだ。元の世界では勉強が好きではなかったシオンだが、魔法という未知の技術を学ぶのは楽しみで仕方がなかった。


「おっと、ごめんね。君が熱心に聞いてくれるから、夢中になってしまったよ」


 本題へと話を戻すと、エクレール先生は口に人差し指を立てて言った。


「最初に話した通り、君はとても重要な存在だ。だから、なるべく目立って欲しくはないんだけど……この世界で身近にあるはずの魔法を知らないなんて人は殆どいないから……」


「つまり、記憶喪失ってことにした方がいいって事ですか?」


「……察しが良くて助かるよ。ただ、記憶喪失だと逆に注目を集めてしまうから、魔法を最低限しか使わないような辺境の地で育ったと言う方がいいんじゃないかな」


「わかりました」


 魔法の実技が始まるのは二年生からというから、シオン以外の生徒も魔法を使うのは初めてなのだそうだ。けれど、座学で一年多くのことを学んでいるクラスメイトについていけるか、シオンは少しだけ不安だった。


「この時期から授業についていくのは大変だと思うけど、いつでも頼って欲しい。勿論、()()()()という意味では特別扱いするつもりはないからね。僕は君にも普通の生徒として、学園生活を送って欲しいと思っているから」


「ありがとうございます。エクレール先生」


 特別扱いをしないというのが、エクレール先生なりの気遣いだと分かる。


 これから始まる魔法学園の生活に、シオンは胸を高鳴らせた。


「それじゃあ、君をクラスメイトへお披露目といこうか」




 ◇ ◇ ◇


 


「もうっ、いい加減ジェイドに絡むのやめなよ、ジンガ!」


 エクレール先生に連れられて教室へ向かう途中、男子生徒をたしなめている少女の声が聞こえて立ち止まった。


「……また、ジンガか。全く……、悪いけど少し寄り道していくね」


 そう言ったエクレール先生の後をついて行くと、中庭に生徒達が集まっていた。中心にいる二人の青年がジンガとジェイドで、近くでおろおろしているピンクの髪の少女がさっき聞こえてきた声の主だろう。


(わぁぁ! 喧嘩だ、喧嘩だっ!)


 野次馬根性で楽しくなってきたシオンは生徒をかき分けて、二人の青年の様子を伺った。


「ふんっ、女子に庇って貰わなければ自分の意見も言えないのか? ジェイド・アルメリア!」


「……はぁ。こういうの、辞めないか? フラーウィスが優秀なのは俺も分かってるよ」


「……っ! 僕を馬鹿にしているような、その余裕が気に食わないんだ……っ!」


「馬鹿になんかしてないって……俺はお前を認めてる……っおい!」


「いいから、さっさと杖を握るんだ! ジェイド・アルメリア!」


 ギャンギャンと一方的に吠えかかっている、いかにも悪役貴族という出立ちのオレンジ色の髪の青年がジンガなのだろう。

 勝手にジェイドの杖をポケットから取り出すと、無理やり握らせている。


 かたや、ジェイドは落ち着いた雰囲気の青年で、理不尽に絡まれながらもジンガを馬鹿にしている様子は無い。誰が見ても厄介な相手に絡まれているだけだった。


(ヤバ……どう見てもジンガって人が三下じゃん)


「ふんっ、来ないのなら僕から行くぞ! ジェイド・アルメリア……ッ!」


 自信満々に振り上げたジンガの杖の先が光る。

 その瞬間、目にも止まらぬ速さで二人の間に割り込んだエクレール先生が、ジンガの杖を取り上げていた。


「ジンガ、まだ君達には実践的な魔法は教えていないはずだけど?」


「「エクレール先生!」」


「ジンガもジェイドも優秀な生徒だけど、未熟な魔法は危険性をともなう。ライバル視はほどほどに、常に自分を乗り越える気持ちで練習するようにね」


 生徒達から一目置かれているのか、エクレール先生のテキパキとした指示で生徒達は教室へと戻っていく。あんなに威勢の良かったジンガですら、大人しく従う様子にシオンは目を疑いそうになる。


「ほら、君達も教室に戻った戻った。今日は転入生が来るんだからさ」


 ざわざわと教室へ戻っていく生徒達の中で棒立ちしていたシオンに向かって、エクレール先生がパチンとウインクをしてみせた。




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