44話 その質問に意味はあるのか?
家の中へ戻るアムレートについていく。研究資料で溢れかえる机の前に座ると、アムレートはシオンを見上げて資料があるなら渡せと手を出した。
来客用の椅子はどこにも見当たらず、普段から人を招かないようだ。
「これ、フリージアとジンガの検査結果とネージュさんに書いてもらった手紙です!」
渡した資料をパラパラとめくって無言で目を通すアムレートに、シオンがおずおずと問いかける。
「私は説得する必要ないの、めっちゃ嬉しいんですけど……なんで引き受けてくれたんですか? いや、その……初対面だし、ネージュさんからの手紙を読んでもらう前に引き受けてくれると思わなくって」
「その男、イオン・ククリだろう」
「えっ、なんで。イオンも初対面なんじゃ……」
イオンを指さしたまま、アムレートは顔色を変えずに答えた。
「その黒い手袋、私と同じ分野の研究者である証だ。研究者は白い手袋を好んでつける。しかし、魔法や薬品を組み合わせた研究をする者にとって、些細な変化を見逃さない為に黒い手袋が適している」
そういうと、近くにあった粉の入ったフラスコに手をかざし、黒い手袋を背景にして、フラスコの中の魔法の輝きをシオンに実演してみせた。
「わっ、そーゆーこと。黒手袋だと魔法の光がめっちゃ見やすいっ!」
「それに、コートに連なる属性の違う魔法鉱石の装飾。一種類だけならまだしも、特性魔法を伸ばすことを意識するのが主流なこの世界で、鉱石の力を借りて、自身の特性以外の魔法を幅広く覚えようとするなどという非効率な研究者はそう居ないからな。最近目にした興味深い論文を書いていたイオン・ククリだと気づいたのだ」
「イオンだってわかったから、協力してくれる気になったってことですか?」
「……その質問に意味はあるのか? 私は無駄な問答は好まない。優れた研究者と興味深い新たな解毒薬の開発を手掛ける機会を、みすみす逃す手はなかったというだけの話だ」
そう言うと、アムレートは興味無さそうに視線を資料へと戻した。
(面倒くさそうにしてるのに、意外とちゃんと答えてくれるんだ。家にも入れてくれるし……)
「……別に人嫌いとかじゃない、のかな……?」
「それは心の声のつもりか?」
「あっ、ごめんなさっ……」
「……はぁ。煩わしい人間関係に振り回されることなく研究だけに没頭出来るから、わざわざ資源の移動が面倒なこの場所に住んでいるのだ。人間は感情とかいう不確定要素で、すぐ私の足を引っ張るからな」
心の声がもれていたのか、シオンの小声に淡々と答えると、茶を飲みたければ勝手に入れろ、と言って、この家に似つかわしくない可愛らしいコップを指さすと、何かを取りに部屋の奥へと消えていった。
「あ、はは。これはまたヴォーロとは違う意味でとっつきにくい、かも。でも、このコップ……めっちゃ可愛いんだけど。意外と少女趣味、とかギャップありな感じなのかな?」
アムレートの言葉に甘えて、シオンは勝手に戸棚をあさると紅茶の用意をした。人数分のコップを並べていたシオンの横をイオンとジンガが通り過ぎて、アムレートと部屋の奥へと消えていく。
されるがまま再検査されるジンガを横目に、イオンとアムレートが資料や薬品を並べて専門的な会話を繰り広げている。聞こえてきても意味がわからないような難しい単語が飛び交っている中で、シオンは退屈そうに紅茶を飲みながら部屋を探索していた。
ふと、壁に貼られている研究レポートを見て、不思議な違和感から足を止めた。
「あれ、この魔法陣……見たことあるような……どこで見たんだっけ?」
何かが引っかかる。学園の授業で見たことがあったのか、重要なヒラメキに繋がりそうな気がして、必死に記憶を辿るが思い出せない。
「ねぇ、ジェイド……! これ、なんの授業で見たか覚えてないっ?」
自力で思い出すのを諦めて、離れたところで興味深そうに薬品の入ったフラスコを眺めていたジェイドに呼びかけようとすると、ぽんと誰かに肩を叩かれた。
「退屈そうだね」
「イオンッ! 一生懸命考えてくれてるのにごめん! その、サボりたいわけじゃないんだけど、全然話わかんないし、役に立てそうになくって……」
「ふふっ、そんなこと思ってないよ。これは僕とアムレートの得意分野だからね、学生の君たちが分からないのは無理ないよ。……そうだ。やることがないなら、シオンとジェイドは魔法の練習でもしていたらどうかな? せっかく人里離れた山にいるんだし、大きい魔法を試せるチャンスじゃない? ねぇ」
研究者同士。すぐに打ち解けたのか、いつの間にか少し砕けた口調でアムレートに話しかける。
「室内で騒がれたら適わない。壊されて困るものもない、勝手にしろ」
「マジ!? ありがとう、めっちゃ助かる! よし、行こ。ジェイド!」




