36話 もう一人の天才
同じ世界を知る者。この世界での孤独を知るその存在はあまりに大きく、その優しい掌に安堵してしまえば、隠していた感情が溢れ出して止まらない。
「……ぅ、……っく。……もう帰れないかもしれないって……ずっと……怖かったよぉ……っ」
「……うん、怖かったね。出会うのが遅くなってごめんね。……誰も見てないから、泣いていいんだよ」
声を殺して涙を流す。それが癖なのか、縋りついて震える小さな背中をイオンはそっと抱きしめた。
「僕も協力は惜しまないから、もう一人で抱え込まなくていいからね。大丈夫、君は絶対に帰れるよ」
「……っ、ごめん、イオン。ありがと……」
暫くして落ち着くと、人前で泣いたのが恥ずかしかったのか、イオンから視線を外して切り出した。
「それにしても……さ。めっちゃ心強いけど、どっちの世界でも研究者って凄すぎじゃない? イオンは勉強するのが好きなの?」
「僕は知らないことを知るのが凄く好きなんだ。それを突き詰めていたら研究者になっていたって感じかな。だから、この世界のこと、魔法のこと、予言の謎や暴走事件の真実……その全てを知ることが出来るのなら、喜んで手を貸すよ」
「あははっ、それで研究者になれちゃうなんてマジで凄すぎじゃん。ネージュさんも天才だって褒めてたし……この国で天才って呼ばれたら世界一頭がいいかもよ?」
「褒めて貰えるのは嬉しいけどね。この国は本当に色々な研究者がいるから、地頭の良さだけじゃまだまだ足りないよ。例えば……ほら、あそこで飛んでる飛空挺。あれは開発から操縦まで、たった一人の技術者が全てをこなしているんだ」
「造ったのも、操縦してるのも、メンテナンスもってマジで!? そんな全然別のジャンルの仕事を全部覚えるみたいなこと出来るの……!?」
「一人一人が違う研究をする国、探求者の国と呼ばれるのも伊達ではないよね。知識だけじゃない。魔法だけでも、化学技術だけでも、足りないなんて……この世界は本当に面白いよ」
「化学……。ねぇ! じゃあさ、あっちでいう薬物……の研究してる人とかもいないの?」
「薬物とは違うと思うけど、ポーションとか魔法の強化薬とかも存在する世界だからね。薬の調合や魔法化学と呼ばれる分野もあるよ」
「その人にも手伝って貰えないかな!?」
名案だ、と声をはりあげたシオンに被せるように冷静な声が室内に響いた。
「私の一番上の兄が魔法化学の研究者だ」
「ネージュ! それって、前に言っていた山奥に篭もりきっているっていうお兄さん?」
「あぁ。少し、イオンに似ているかもしれないな。興味のないことには無関心だが……研究命な人だから、未知の特効薬を作りたいといえば喜んで協力してくれるだろう」
「ネージュの身内なら協力のお願いもしやすくて助かるけど……ジンガの検査はどうだったんだい?」
「……体内の魔力を司る器官を強制的に解放させる成分が過剰摂取されていた。簡単に言えば、門が開けっ放しになっているような状態の対処療法として、ジンガの魔力出力を確認しながら一時的に門を閉めるような魔法医療を施した。これで擬似的に正常な状態に戻している訳だが……完全な完治には特効薬が必要不可欠だ」
噛み砕いて伝えてくれようとするネージュにシオンが首を傾げていると、喘息用の気管支を拡げる薬の逆を作るみたいなことだよ、とイオンが耳打ちした。
「なるほど……。じゃあ、次はネージュさんのお兄さんにお願いしにいけばいいってことね! ネージュさん、お兄さんの名前はなんて言うの?」
「アムレートだ。騒がしいのは好まないから、冷静に研究欲をつついてやるといい」
「オッケー、わかった! 全然得意だから任せておいて! じゃあ、皆でアムレートさんに会いに行こう!」
元気よくジェイドやイオンに向かって声をかけ、拳を突き上げているシオンのことを、ネージュが不安げな表情で見つめていた。




