34話 冗談だったら良かったんだけどね
「審判の飴を大量に摂取して、一時は暴走して、なお不適合だと言われながらも意識を保っている君がいる。恐らく、君はイレギュラーだよ、ジンガ・フラーウィス君」
新しい玩具を見つけたような、興味深げな視線を送るイオンを、ジンガが見つめ返す。
「貴方達なら、僕の身体を調べさえすれば特効薬を作れるんでしょう。今は少しでも時間が惜しいはず、前置きはいい、さっさと調べて下さい」
「……! これは、驚いたね。フラーウィス家の君から、そんなことを言われるなんて。得体の知れない僕なんかの実験動物にされてたまるものかと、断られると思っていたよ」
「……僕はもう、フラーウィスではありませんから。それに、僕自身もこの鬱陶しい後遺症を早く何とかしたいんだ」
「……そう。それじゃあ、早速オーバードーズ状態の君の身体から飴の成分を特定しよう。成分さえ分かれば未知の症状もただの薬物症状、この医療塔にかかれば簡単な話だよ。後は解毒方法を探して特効薬を作るだけだからね」
どこか胡散臭いイオンの柔和な笑みを不機嫌そうに一瞥し、ジンガは小さく頷いた。
「それで、特効薬はどれくらいで作れるの?」
「成分の特定をして、特効薬の開発から人体への安全性の確保まで……通常なら早くても半年というところだ」
「……っ! そんなの遅すぎるっ!」
「患者の症状は魔法で先送りにしているから友人のことなら問題ない。……だが、幸いにもここには近年稀にみる天才がいる。全てが上手くいったとすれば、1ヶ月も夢ではないかもしれない、そうだろう? イオン」
意趣返しだと、ネージュが悪戯っぽい視線をイオンに向ける。
「ふふっ。そんな冗談を言うなんて、ネージュらしくないね」
「私が冗談を言うのが苦手なことは、君もよく知っているだろう? ……五年前、急に現れた君は魔法特性診断キットを作り上げた。魔法に関する記憶が無いにも関わらず、な」
「ふふっ、買い被りすぎだよ。あれは運が良かっただけだよ。……初めて目にした魔法に心を奪わて、取り憑かれたように勉強した。元々、研究職のようなことをしていたからね、仮説を立てて動くことに慣れていただけさ。医療分野でネージュに適う人はこの世界にはいないよ」
謙遜するイオンの言葉を遮ったのはシオンだった。
「ちょ、ちょっと待って! 魔法の記憶が無いってどういうこと!? イオンさんはこの国の人じゃないの!? ずっとここで研究していたわけじゃないの?」
言い淀むネージュに、別に構わないよ、とイオンが言う。
「イオンはこの世界の記憶がないんだ。にもかかわらず、彼は一から魔法を学び、研究し、たった数年で数々の功績を残している。イオンの実力は私が保証する」
シオンの問いかけを、特効薬をつくる知識不足への不安だと受け取ったネージュが真剣な表情で告げた。
「記憶、喪失……。イオンっていう名前にその容姿……。ねぇ、もしかして、イオンさんも転移者なんじゃないの?」
「転移者?」
「えっと、つまり……日本って、知ってる?」
「…………っ、どうしてその国の名前を……。まさか、君も……?」
「やっぱり! イオンさんも別の世界からこっちにやって来た人なんだっ!」
思ってもいなかった言葉に目を丸くして驚くイオンの両手を、飛びつく勢いで立ち上がったシオンが握る。
元の世界を知っている人間に出会えたことが嬉しくて、喜びのあまりシオンの目尻に涙が滲む。
「イオン、彼女は何を言っているんだ?」
話についていけないと困惑しているネージュに、イオンは一瞬だけ躊躇うと、困ったように笑って言った。
「荒唐無稽な話だから、訂正してまで話したことは無かったけれど……正しくは記憶喪失ではないんだ。……僕は……魔法が存在しない、別の世界からやってきたんだ」
「いつもの、君のお得意の冗談……ではないんだな?」
「冗談だったら良かったんだけどね」
そう言って目を伏せたイオンは、自嘲気味に笑ってみせた。




