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3話 ついでに世界を救ってあげる!

 



 シオンは目を覚ますと、頬をつたう涙をごしごしと服の袖で(ぬぐ)った。


(なんだか、物凄く悲しい夢を見ていた気がする……)


 忘れてしまった夢の内容が、ずしりと心に重りを残しているのに、思い出せないのが酷くもどかしい。暫く首を傾げていたが、すぐに思い出すことを諦めたシオンは、明らかな違和感に眠い目をこすった。


(――この服の袖おかしくない? 私、こんなヒラヒラしたドレスみたいなパジャマ持ってないんだけど……。っていうか、さっきまで何してたんだっけ……?)


 布団を(めく)ると、シオンは白いレースのワンピースを着ていた。

 慌てて周囲を観察すると、大きなベッドには天蓋(てんがい)が付いており、部屋の中はアンティーク調の豪華な家具で揃えられていた。


「ここ、どこ!? 私、自分の部屋で寝てたよね!? ……って、なんかこれ……めっちゃデジャブなんだけど!? ……ほっぺが痛い。マジ……? これが現実ってことは、元の世界に帰れないってやつ、夢じゃなかったの……?」


 ほっぺをつねって叫ぶシオンの声が聞こえたのか、急に部屋の外が騒がしくなる。

 そして、扉をノックする音が聞こえると、「入っても宜しいでしょうか」と妙にへりくだった口調の老人が扉越しに訊ねてきた。


(この声、多分セバスチャンさん……だよね?)


 どうぞ、とシオンが恐る恐る応える。部屋に入ってきたセバスチャンは、シオンを見るなり深深とお辞儀をした。


「シオン様、先程は大変申し訳ありませんでした。お加減はいかがでしょうか」


 さっきは余裕がなくてセバスチャンの姿もろくに見ていなかったことに気づく。薄らと黄色がかった明るい瞳がシオンを(とら)えて、眼鏡の奥で心配そうに揺らいでいる。


「あの……さっきは取り乱しちゃって、ごめんなさい。改めて聞くけど、ここは……私がいた世界と違って、魔法が存在する世界……なんだよね」


「仰る通りでございます」


「それに、もっと気になることもあったんだった。なんで私の名前を知ってるの?」


 不安そうに布団を握りしめるシオンに、セバスチャンは安心させるように優しく微笑むと窓の外を指さした。


「……そうですね。その質問に答える前に……まずは窓の外を眺めながら、少しだけ(わたくし)とお話しませんか? ここから見える水中都市の景色は、我が御屋敷の旦那様のお気に入りなんですよ」


 気を紛らわせてくれようとしているセバスチャンに促されて、渡された薄手のカーディガンを羽織るとシオンはベッドを降りて窓へと駆け寄った。


「あの人魚も本物なの?」


「いえ、人魚は存在しません。簡単に説明させて頂くと、あれは『変身魔法を応用した人魚になる魔法』ですね。若い女性の間で流行しているようですよ」


 食い入るように外を見つめているシオンに、興味がおありでしたら是非やってみては、とセバスチャンが言った。

 瞳に映る全てがファンタジーな世界に心を奪われて、一時だけでも不安を忘れられそうだ。瞳を輝かせて水中都市に夢中になるシオンを見て、セバスチャンが安堵の笑みを浮かべた。


 洗練された動きで紅茶を用意したセバスチャンに誘導されて、シオンは窓際のソファへ腰かけた。


(わたくし)がシオン様のお名前を存じ上げていたのは、この御屋敷に約九百年前より語り継がれている予言に貴女様の存在が示されていたからなのです」


「予言?」


「世界を混沌へと導く者が現れる時、別世界より我らを救う鍵となる三人の人物が現れるだろう、といった内容の予言です。そこに示されている一人目の予言の子の名前は()()()。黒い髪に紫の瞳を持つ少女……つまり、貴女様のことですよ」


「黒い髪でシオンは確かに私だけど、紫の瞳なら人違いでしょ。だって、私の瞳の色は黒。生粋の日本人なんだか、ら……?」


 そう言いかけると、セバスチャンが不思議そうに首を傾げて、鏡台を手で示してみせた。シオンが鏡台に視線を送ると、艶々とした黒いロングヘアに紫の瞳の自分の姿が鏡に映っている。


「嘘! なんで目の色が紫になってるの!?」


 魔法の世界、予言、紫の瞳。


『異世界転移』


 小説好きの友人が最近好んで読んでいると言っていた設定を思い出す。

 世界を救うとか、魔法の国とか、現実とかけ離れた世界観も、仮に異世界へ転移したなら話の辻褄は合ってしまう。


「待って待って待って! 世界を救う鍵だとか、いきなりそんなこと言われてもめっちゃ困る! ……私は、本当に元の世界には帰れないの!?」


 泣きそうな顔でシオンの表情がくしゃりと歪む。シオンの問いかけにセバスチャンが申し訳なさそうな表情で首を横に振った。


「……申し訳ございません。シオン様がどうやってこの世界にやって来たのか、私どもは存じていないのです」


「それじゃあ、どうやって……」


「それが……予言を伝えた姫というのは自分だと仰られる方が訪れて、予言の子を匿って欲しいとシオン様を連れて来たのです。予言の姫は九百年前の人物、私どもとしても真偽が分からずにシオン様がお目覚めになるのを待っていたのです」


 シオンは絶句した。


「その、私を連れてきたっていう自称予言の姫は今どこにいるの?」


「……分かりません。貴女を預けてすぐにやることがあると言ってここを()ちましたから。それとその、申し上げにくいのですが……シオン様には残りの二人を連れて自分に会いに来て欲しい、と言い残して去ってしまいました」


「なに、それ……。人のこと連れてきておいて、説明も無しに他の予言の子を探して自分に会いに来いって? ……そんなの勝手過ぎるじゃん」


「申し訳ありません。私どもも引き止めたのですが……」


 セバスチャンも事態を把握出来ていないのか、申し訳なさそうに頭を下げる。そんなセバスチャンのことをそれ以上責める気にはなれずに、シオンは項垂(うなだ)れた。


「……ごめんなさい。少しだけ、一人で考えさせて」


 やり場のない気持ちを(こら)えているシオンを何か言いたげな眼差しで見つめると、「御用の際はお呼び下さい」とだけ言ってセバスチャンは部屋を出て行った。


「……異世界転移って、なんなのそれ。元の世界に帰る方法も分からない。唯一事情を知ってそうな人もどこに居るか分からない上に、九百年前の予言の姫を自称してるなんてマジで意味わかんない! あーもう……っ! この状況、めっちゃヤバすぎなんじゃないの……」


 シオンはテーブルを叩いて突っ伏した。

 まだまだ実感はないが、元の世界に帰れないという事実が重くのしかかる。知ってる人が誰もいない世界で世界を救えだなんて、平和な世界でのほほんと生きてきた、ただの女子高生に出来るわけがない。


「帰りたい…………」


 残してきた家族や友達の顔を思い浮かべて、テーブルに突っ伏したシオンの瞳に涙が(にじ)む。


「……朝起きて私がいなくなってたら心配するよね、一人で大丈夫かな。いくらしっかりしていて大人びて見えたって、まだ十歳なのに……」


 最後に見た弟の寝顔が、不安そうな弟の顔で上書きされてしまいそうになる。


「皆も、私が急にいなくなったら心配するよね。異世界転移してたとか言ったら、めっちゃイタい奴じゃん。あ、でも、目を輝かして喜ばれるかも……? ははっ、何言ってんだろ。馬鹿みたい……。お母さん……っ、私……帰り、たいよ……っ」


 消え入りそうなシオンの呟きに、返事をする人はここには誰も居ない。


「……他の二人を探して自分に会いに来い、か。……勝手すぎる……けど、他に手がかりもないんだもん。姫に会いに行くしかないんだよね。私に出来るかな……」


 シオンの置かれた状況を知るには、手がかりは姫と予言しかない。予言の姫というのなら、シオンが自分の元へ辿り着くことも折り込み済みなのかもしれない。


「…………。あー、もうっ! うじうじするな、星守シオン! 泣いたって悲しんだって帰れないんでしょ! だったら強く、大胆不敵に笑って、前を向け!」


 起き上がったシオンが両頬を強く叩く。


「……泣いていたって、誰かが助けてくれる訳じゃない。それなら……悲しみなんて、涙なんて、誰にも見せてやるもんか!」


 涙を拭って立ち上がると、シオンは拳を強く握りしめて、無理やり口角を上げて、不敵に笑ってみせた。


「いいよ! やってやろうじゃん、迷子探し! めっちゃ難易度の高いかくれんぼってわけね」


 ベルを鳴らしてセバスチャンを呼ぶと、シオンは高らかに宣言した。


「セバスチャン。私、決めた! 元の世界に帰る方法を聞き出す為に、残りの二人と姫を探す。私が世界を救う鍵だって言うんなら……ついでに世界くらい救ってあげる!」




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