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26話 エクレール先生を尾行せよ

 


 

「後で、ジンガにも謝らないと。めっちゃ強くビンタしちゃったしね」


「……あれくらいが、フラーウィスには丁度良かったんじゃないか?」


「ふふっ、ジェイドって意外とたまーに辛辣だよね」


「まぁ、フラーウィスが普段からいい態度じゃないのは事実だからな。……俺だって、あれだけずっと突っかかってこられたら、少しは苛立ったりもするんだよ」


 そう言っておどけてみせるジェイドにシオンは声を出して笑った。


「そういえば……精神干渉した話、どうしてエクレール先生に隠したんだ?」


 思い出したように訊ねるジェイドに、シオンは少しだけ躊躇(ためら)いながら、見えてしまったジンガの記憶のことを話し始める。


「……この前、校舎裏に向かったエクレール先生が、ジンガと口論してるところを見たでしょ。なんかの、薬を渡してたとこ……」


「あぁ、それがジンガの記憶とどう関係が……」


 言いかけたジェイドが、はっと顔を(しか)めた。


「あの時だけじゃなかったの。ジンガの記憶で、何度も何度も薬を渡してるところが見えた。ジンガと口論するエクレール先生も」


「まさか! ジンガの魔法の暴走が人為的なものだって……エクレール先生が犯人だって言うのか? 人々を守る騎士団長だぞ、あの人がそんなことするはず……」


「分かってる。私だって、エクレール先生はいい人だって信じたいよ! だけど、だけどさ。生徒が暴走する事件が、最近頻繁に起きてるって言ってたよね? ……それって、エクレール先生がこの学園に来てからなんじゃないの?」


「新学期の準備期間でエクレール先生がこの学園に来てから、確かに報告は増えたけど、それはたまたま……。新学期で上級生達のストレスが高まってただけだろ……」


「それじゃあ、エクレール先生が渡していたあの薬はなんなの? それに私、上級生が街で暴れた時……こっそり路地裏に消えていくエクレール先生を見たの。なんであの日、あの場所に先生がいたの!?」


「それは…………」


 暴走、薬、とくれば、嫌でも悪い想像をしてしまう。エクレール先生がジンガに渡していた薬は、違法薬物みたいな代物なのではないかと、疑いが新たな怪しい行動を思い起こさせた。


「……ごめん。ジェイドは、エクレール先生のこと尊敬してるのに」


「……いや。俺はあの人を疑いたくないから、庇ってしまうだけだ。客観的に見れば、シオンの言うことが正しい。……エクレール先生の行動は、怪しすぎる」


「……ジェイド」


「……よし。エクレール先生のこと、少し注意して観察してみよう。魔法の暴走が人為的なものかもしれないって、カマをかけてみるのもいいかもしれない」


「えっ。はぐらかされないかな?」


「……はぐらかされたら、エクレール先生が限りなく犯人に近いってこどだろ」


「あっ、そっか。犯人以外ははぐらかす必要ないもんね」


 シオンがそう言うと、ジェイドは複雑そうな表情で覚悟を決めたように深く頷いてみせた。




 ◇ ◇ ◇




「エクレール先生、何も動きがないね……」


 ジェイドにエクレール先生が怪しいことを伝えてから、シオンとジェイドは注意深くエクレール先生を観察することにした。


 その間にも、暴走の後遺症からなるジンガの体調は日に日に悪くなっていき、外傷もないはずのフリージアに至っては、未だに目を覚まさずにいた。


「……なんで、フリージアまで目が覚めないんだろう」


「暴走したわけでもないし、外傷もない。医者も原因が分からないって言ってるし、俺は何も出来ないのが歯がゆくて堪らないよ。……ただ、眠り続けてるだけに見えるのにな」


「……しいていうなら、魔力が乱れてるんだっけ。やっぱり、魔法の暴走事件と関係があるのかな」


「……かもな。何事もなく、寝すぎただけだって起きてくれたらどんなにいいか……」


「……うん。その為にも、早く手がかりを見つけなくっちゃ」


 一向に怪しい行動を取らないエクレール先生に内心ではほっとしながらも、事件の取っ掛りがないことに二人は焦っていた。


「今日も収穫はなし、か」


「しっ! 待って。エクレール先生が動いたよ」


「……あの方向は、薬草学で使う植物を育てている温室か?」


「また、ジンガのことを見てた。生徒の心配って言われたらそれまでだけど……」


「明らかに意識を取り戻さないフリージアより、フラーウィスのことばかり見てるよな。まるで、監視してるみたいに」


 保健室でぼんやりと窓の外を見つめているジンガの目の下には、真っ青な隈が浮かび上がっていて、酷い顔色をしている。医者から魔力の乱れが酷いと言われたジンガは、時々どこかへ姿を消しては保健室に戻る時には更にやつれて戻ってくるのを繰り返していた。


「……追いかけよう!」


 シオンが小声で囁くと、二人はこそこそとエクレール先生の後をつけて、温室の植物の隙間からエクレール先生の様子を覗き見た。


「……やっぱり、あの植物から薬を作ってるんだ。こんな隅っこでこそこそして……」


「あの植物、何かの本で読んだ気がするんだけど……」


「何の本!? ジェイド、思い出して!」


「しっ、静かに! 気づかれる……っ!」


 植物に魔法をかけて粉に変えると、エクレール先生はくるりと向きを変えてシオン達のいる入口へ戻ってきた。慌てて身を潜めたシオン達に気づくことなく、エクレール先生は保健室へと戻っていく。


「……っは、よかった。気づかれなかった、よね?」


「いや、良くない! エクレール先生は、あの薬を保健室に持って行って、何をする気なんだ」


「……っ、フリージアが危ない!」


 尾行していたことがバレるのもお構い無しで、保健室の扉を乱暴に開けて飛び込んだ。シオンの視線に飛び込んできたのは、薬を無理矢理ジンガに飲ませようとするエクレール先生の姿だった。


「……っ、やめてっ!」




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