16話 意外と押しに弱いんだね
二人きりで残されてしまったシオンは、沈黙が気まずくてノワールに話しかけた。
「……あの、どんな杖を注文したん、ですか?」
「……どうしてだ」
「いや、えっと、私……初めての杖を作るんだけど、何がいいとかわからないから参考になるかなーって思って」
「杖を作るのが初めて……?」
ノワールがシオンをまじまじと見つめた。
幼い頃から魔法に触れるはずのこの世界で、もうすぐ二十歳くらいに見えるシオンが、初めての杖を持つというのを不思議に思ったのだろう。
「あぁ! 私、この学園に来たばかりで、それまであまり魔法に触れてこない生活をしていたから、魔法を使うのも初めてなんです!」
「…………そうか、すまない。込み入ったことを聞いたな。……それなら、始めは複雑な形状の杖は辞めた方がいい」
何を勘違いしたのか何故か深刻そうな表情で謝ると、ノワールは店に陳列されているシンプルな杖を指さして言った。
「魔法を使ったことがないのなら、幼少期に練習用として使用するような魔力コントロールのしやすいシンプルな杖の方がいいだろう」
「杖の形でそんなに変わるものなの!? ですか……?」
「…………話しづらいのなら普通に話すといい。個人の魔法にあったカスタマイズもあるが、装飾は狙いを定めるのに邪魔になるからな。曲がった杖だと真っ直ぐ魔法が放てないこともある。杖に拘るのは魔法に慣れてきてからでも十分だろう」
「ありがとう! 私、敬語って苦手だから助かる! ……なるほど。じゃあ、装飾とか拘るのは魔法を覚えてからにしよーっと」
「…………お前は不思議だな。さっきまで迷っていると言っていたのに、会ったばかりの俺の意見で即決するのか」
「そりゃあ、そうでしょ! なんにも知らないで見た目だけ可愛くしたって意味ないもん。そんなことより詳しい人の意見を取り入れるなんて、当たり前のことでしょ?」
「…………そうか。お前はそう、考えるのか……」
あっけらかんとしたシオンの言葉に、ノワールは一瞬だけ切なげな表情で目を伏せた。
「っていうか、お前じゃなくてシオンだよ。私の名前は星守紫苑。ちゃんと名前で呼んで! ……そういえば、貴方の名前聞いてなかったよね」
「……俺は、…………ノワールだ」
ノワールは少しだけ躊躇うと小さな声で名前を名乗った。
「……ノワール。格好いい名前だね! これも何かの縁だし、宜しくね。ノワール!」
自己紹介を終えたところで、店主がノワールの注文の品の入った黒い箱を持って戻ってきた。
「ねぇ、私も見てもいい?」
「…………構わない」
黒い箱の中には、艶々とした加工のされた真っ黒な木で作られた模様も何も無いシンプルな杖が入っていた。
「これが、ノワールの杖?」
杖のことは分からないけれど、ノワールが使うには少し小さくて、さっき初心者用にいいと言っていた杖に似ているように見えて、シオンは首を傾げた。
「……幼少期に使っていた物を修理に出しただけだ。今も使うわけじゃない」
「へぇ、大切にしてるんだね」
「……母に貰った物だからな」
「いいお母さんだね! そうだ、店主さん! 私もこんな感じの杖にしたい! あ、でも、ダイヤをはめるところのデザインだけ拘るとか出来るかな?」
わいわいと店主と相談を始めて遠ざかるシオンを横目に、ノワールは怪訝な顔で受け取ったばかりの杖を見つめていた。
「………………どうして。俺は、初対面の相手にあんなことまで話してしまったんだ」
その問いかけに応えるものはなく、ノワールはそっと杖を箱にしまった。
「杖につける魔法鉱石は、ダイヤモンドでいいのかい?」
「はい! まだ、私だけの魔法が何なのかわからないので!」
「そうかい。魔法鉱石だけ、後から付け替えることも出来るからまた持っておいで」
「ありがとうございます、店主さん! 一応なんだけど、魔法鉱石の色って使いたい魔法属性の補助なんですよね?」
「そうだよ。個人による特殊魔法や、得意な属性の魔法がそれぞれにある。魔法鉱石を自身の相性の良い色にすることで媒体として補助してくれるのさ。ルビーは炎、サファイアは水、石の種類は山ほどある、学校の先生にでも習うといいさ」
「好きな色で選べないのはちょっと残念だけど、誕生石みたいで面白いかも!」
シオンの杖選びもすぐに終わり、白い杖の入った箱を抱えて早足でノワールのところへ駆け寄ってきた。
「じゃっじゃーん! どう? 私の初めての杖、可愛いでしょ! ダイヤのところを花柄にして貰ったんだよ!」
自慢げに杖の箱をノワールの顔に近づける。ダイヤのはまるところに花の模様が掘られており、花の中心で小さなダイヤが控えめに輝いていた。
「…………いいんじゃないか」
「でしょでしょ!? 助けて貰っちゃったうえに、杖選びまで手伝わせちゃってごめんね! でも、本当にありがとう! ねぇ、ノワール。この後って少し時間ある? お礼がしたいんだけど!」
そう言うと、シオンは窓から見えるカフェを指さした。
「少し口を出しただけだ。礼はいらない」
大したことはしていない、と無表情で断ろうとするノワールに、真面目だなぁとシオンが笑った。
「まぁまぁ。で、時間はあるの?」
「時間はあるが…………」
「じゃあ、決まり! ほら、行こう!」
シオンが強引にノワールの手をとって、向かいのカフェへと足を運ぶ。突然の出来事に順応出来ないのか、困惑しているノワールを見て、シオンは悪戯っぽく微笑んだ。
「ノワールって、意外と押しに弱いんだね」
「………………お前が強引すぎるんだ」




