14話 助けてくれてありがとう
シオンを追いかけて襲いかかる竜巻が、路地に隠れていた幼い少女に直撃しそうになる。
(このまま私が避けたら、この子に当たっちゃう……っ!)
考えるよりも早く、シオンは少女を庇って抱きしめると、迫り来る竜巻に背を向けた。
少女が怪我をしないように、覆い被さるように強く抱きしめると、眼前へ迫る竜巻を見つめて、シオンはぎゅっと目を閉じた。
「……シオンッ! 逃げて……っ!」
フリージアの悲痛な声が、平和だった街に響き渡った。
竜巻が直撃する。そう、誰もが確信した。
シオンは少女を抱えたまま、衝撃に備えてぎゅっと目をつぶった。
次の瞬間、爆発したような大きな音がして、竜巻が弾け飛んだ。爆風で土埃が舞い上がり、シオンの視界を奪った。
「……私、助かった……の?」
薄目を開けて、周囲を警戒するシオンの耳に、上級生の男の呻き声が聞こえた。
「……ぅぐゔ……っ!」
「……寝てろ」
もう一人分の若い男の声が聞こえて、蹴られたような鈍い音がすると、辺りはしんと静まり返った。
何も見えない視界の中で必死に目を凝らすと、この世の者とは思えない美貌をした黒髪の美青年がシオンのことを見つめていた。
その美貌を隠すように、片目が隠れるくらい長く垂らされた前髪から覗いた紫の瞳が妖しく揺れる。切れ長な紫の瞳に捉えられて、シオンは呼吸をするのも忘れて動きを止めた。
柔らかそうなサラサラとした黒髪も陽の光に当たると紫がかって見えた。
気品を感じさせる佇まいに、青年の持つに雰囲気に圧倒されてシオンはごくりと息を飲んだ。
「ねぇっ! 全然状況が見えないんだけど、もう動いても平気なの!? 貴方が私を助けてくれたの!?」
「………………。そいつはもう何も出来ない。土埃が晴れたら向こうへ走るがいい、仲間が駆けつけているようだ」
「……! ありがとう! 助けてくれて!」
「………………礼はいらない。いけ」
黒髪の青年が指さした方向に、泣いているフリージアと青ざめた顔のジェイドの姿が見えた。少女を背に乗せてシオンは急いで二人の元へと走る。後ろを振り返ると、そこに黒髪の青年の姿はなかった。
「……シオンッ! 無事で良かった……!」
「俺はもう、当たったかと思った。……シオン。無茶、しないでくれ。もう目の前で人が傷つくところは見たくない……」
泣きじゃくるフリージアを抱きとめて、初めて見る弱気な表情を浮かべるジェイドの肩をぽんと叩く。
「……ごめん、心配かけて。あ、ははっ……今更、手、震えてきちゃった……。私、死んでたかも……しれない、よね」
泣き出しそうな表情で涙を堪えて、震え出した手を笑いながら見せるシオンに、二人は何も言わずに握りしめた。
「お姉ちゃん、あり……がと……っ! 怖かったよぉ……うぇぇええぇん!」
背中から下ろした少女が、緊張の糸が切れたのか大きな声で泣き出すとシオンに抱きついた。
シオンは少女を安心させようとぎゅっと抱きしめて、元凶の男を睨みつけた。男は青年に何をされたのか、両腕を縛られた状態で気絶して地面に倒れていた。
「あれが、魔法の暴走……。なんか正気じゃないっていうか、めっちゃ怖かったんだけど……」
「私達も見るのは初めてだよ……。でも、学園内でも増えてきてるから……私達も気をつけないと」
「……うん。でも、何が原因なんだろうね。ストレス、なのかな……?」
倒れている男に近づく気にはなれずに、遠目で見ていると、助けた少女の母親が泣きながらシオン達の元へ駆け寄ってきた。
「娘を助けてくれて、ありがとうございます……! 本当に、なんてお礼を言ったらいいか……。この子に何かあったら、私……私……っ!」
「あ、ははっ。実際助けたのは私じゃないっていうか、結局何も出来なかったけど、ほんと無事でよかったです」
「……それでも、助けてもらったこと、私達は忘れません。娘の恩人をそんな風に言わないで。貴女の勇気に娘は救われたんですから」
「……っ! ……うん。……私の方こそ、ありがとう」
何度も頭を下げながら去っていく親子を見送りながら、フリージアがシオンに問いかける。
「でもシオン、本当に何があったの……? あの女の子を庇って、シオンにぶつかるって思ったら、急に爆発音がして……そしたらあの人が倒れてて……」
「……うーん、私もよく分からないんだけど。なんかめっちゃイケメンな人が助けてくれたみたい、なんだよね」
「みたい?」
「うん。私も見えてなかったんだけどさ、あっさり倒したかと思うと、あっちにフリージア達がいるよって教えてくれたんだ。次にどこかで会ったらお礼しなくっちゃ!」
名前も知らない相手と再会するなんて、そんな簡単に出来ることではないと思いながらも、シオンは何故かあの青年にすぐに会えるような予感がしていた。
暫くして、国の警備隊と学園関係者がやってくると、気絶したままの上級生の男を運んでいった。暴走した男が目の前から居なくなったことで、やっと安心した三人は事件に遭う前にいた方向へと歩き出した。
「……さて、気を取り直して。シオンは学校で使うものを揃えたいんだろ。まずは何が欲しいんだ?」
「そ・れ・はー、勿論! 自分用の杖が欲しい!」
「それなら、『妖精の杖』に行こうか」
魔法の国らしいネーミングに、シオンはドキドキと胸を高鳴らせた。
◇ ◇ ◇
一方、シオン達を路地裏から伺う影が二つあった。
一人は暴走する男からシオンを救った、黒髪の青年だ。
真っ黒なコートに身を包み、貴族が持つような装飾のついた杖を持った青年は、憂いをおびた表情でシオンの後ろ姿を見つめていた。右頬にある二つの黒子が、青年の異様な美しさを際立たせている。
「なんで、助けたんですか〜? 姿を見られるかもしれなかったのに」
「………………ただの気まぐれだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「珍しいですね〜。ノワール様が気まぐれなんて、ふんわりしたこと言うの」
「………………」
「まぁ、ラッキーでしたね。ノワール様が助けなかったら、あの二人、今頃バラッバラでしたよ」
「……守る術も持たないのに助けに入るなど、愚かでしかない。だが…………」
「だが?」
「………………いや、なんでもない」
(己の危険もかえりみず、震えながらも見ず知らずの幼い子供を庇う姿が……。一瞬だけ、母様に重なった。……あれを助けたからといって、贖罪のつもりか)
ノワールは眉間に皺を寄せると、部下らしきもう一人に先を急ぐぞ、と告げた。
「行くぞ、妖精の杖に」
「は〜い。急ぎましょう、ノワール様」




