13話 試験ノイローゼ!暴走男
「……っ! フリージアッ!」
すかさずフリージアを庇い、ジェイドが男との間に立ちはだかった。
「……っ、お前ら邪魔なんだよ! へらへらと飴舐めて歩きやがって……。新入生だからって、余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!」
「何言ってんだ、あんた。言いがかりにも程があるぞ」
「うるせぇうるせぇうるせぇ……っ! お前ら新入生は寮分けもないから呑気でいいよなぁ。こっちは明日の寮分けテストで将来が決まっちまうってのによぉ……!」
明らかにただの言いがかりだ。
受験ストレスのノイローゼのような状態なのだろうか。たまたま目についた楽しそうに過ごすシオン達が気に触ったのか、男は酷い隈のある目を血走らせて怒鳴り散らした。
「毎日毎日、親からいい寮に入れるように頑張れって連絡がくるんだ。頑張れ頑張れ頑張れ、毎日毎日ッ!」
どう見ても普通じゃない様子の男に、少しずつ距離をとろうとシオン達は後ずさりした。
三年生までの共通寮と違い、四年生からの寮分けによって、天国と地獄ほどの将来の差が出るという。エリート街道まっしぐらの寮に入ることを目標に、親から期待される生徒も少なくないという。
「お前らみたいに呑気な奴らを見るとイライラするんだよ……っ!」
あまりに理不尽な男の主張に、相手にしたら駄目だとシオンは男に背を向けた。この場を立ち去るのが一番だ。そう思ったシオンの視界に、突き飛ばされた拍子に膝を擦りむいたフリージアの姿が映る。
ノイローゼだから、様子がおかしいからといって、友達を傷つけられて黙っていられる程、お人好しではない。フリージアの前に出ると、シオンは男に向かって大きな声で反論した。
「試験ストレスだかなんだか知らないけど、私達は関係ないじゃん! フリージアにわざとぶつかるし、突き飛ばすし、人の友達に怪我させといて訳分からないことばっか叫ばないでよ! ちゃんとフリージアに謝って!」
物怖じすることなく、真っ直ぐ見つめるその視界に男の姿を捉えて、シオンは言い放った。
フリージアとジェイドが驚いた顔で、シオンのことを見つめていた。
「なん、だとっ! お前らに俺の気持ちがわかるかよ……っ!」
「わからないよ! だって、私は貴方のこと知らないんだもん!」
反抗されると思っていなかったシオンに反論されて、男の顔が怒りで赤く染っていく。
「うるせぇうるせぇうるせぇ! 年下の癖に、何も知らない癖に、生意気なんだよぉぉおおおおっ!」
目を血走らせて、涎を垂らして、より一層様子がおかしい男の周りを、竜巻のような風が渦巻いた。
「……何これっ!?」
「……くそっ、魔力暴走だ」
「魔力暴走!? ってことは、これが今いろんな国で起きてるっていう……」
「そうだ。魔力暴走を起こした人間は、理性をなくし、こちらの声も届かない。自分の抱える問題だけに取り憑かれるって聞いていたけど……。くそっ、もっと早く気づいていれば」
今はまだ男に動きはないが、ジェイドが振り返ってフリージアを心配そうに見つめている。シオン達はまだ魔法を習っていないのだから、身を守る術はないに等しかった。
「ごめん。ジェイド、フリージア……。私が余計なこと言ったから……二人を危ないことに巻き込んじゃった」
自分が男を怒らせなければ、と後悔して項垂れるシオンの隣にフリージアが立つと、シオンの手をぎゅっと握った。
「シオンは悪くないよ。あの人にぶつかったのは私だし、あの人は最初から怒ってたし。……私の為に怒ってくれてありがとう」
「フリージア……」
「それより、通報は誰かがしてると思うけど……大人が来てくれるまで、この人動かない……よね?」
竜巻に包まれて正気を失っている男を指さして、フリージアが不安そうにシオンの手を震える手で強く握った。
「そうだといいけど……、そうもいかない、よね」
狙いを定めているようにシオンを睨みつけて、男が竜巻をシオンの方へと飛ばした。
「危ないっ!」
ジェイドが咄嗟に出した同じような小さな竜巻が、男の飛ばした竜巻を弾いて消した。
「狙いは、私ってわけ」
シオンは小さな声で呟いた。震える足を叩いて無理やり動かすと、ジェイドとフリージアから離れて、誰もいない方向へと走り出した。
(このままじゃ、街にいる他の人まで巻き込んじゃう。めっちゃ怖いけど……意味わかんないけど、そんなのだめだ……! 助けが来るまで、逃げないと!)
「シオン! ダメ……ッ!」
フリージアが叫ぶ声が後ろから聞こえていた。
それを振り払うように、シオンは一目散に駆けていく。男が手を振りかざすと、竜巻が三つに分裂してシオンのことを追いかける。
「星守シオンを舐めないでよねっ! こんな魔法なんか、簡単に避けられるんだから!」
くるりと踵を返して、男の方に向き直ると、シオンは襲い来る三つの竜巻をギリギリの所で避けていく。
「…………っ!」
建物にぶつかると竜巻は消えるようで、一つ、また一つと間一髪のところで避けるシオンに、砕けた瓦礫が頬を掠める。
それでも、足を止めてしまえば、あの魔法に当たってしまえばどうなるのか、嫌な想像を振り払うようにシオンは足を動かし続けた。いつの間にか、シオンの足の震えは消えていた。
「あと一個……!」
「キャァァアアアッ!」
最後の竜巻を避けようと路地へ飛び込んだ瞬間、小さな女の子の悲鳴が響いた。




