1話 水中都市エストラルへようこそ
「セバスチャン……ッ! 至急、管制室へ! 各国に滞在する使用人からの通報が相次いでいます! 魔法暴走の規模が、今までにないくらい異常な速度で拡大しています! 我々だけでは……、対応しきれません……ッ!」
「すぐに向かいます。……予言の子、シオン様がこの世界に現れてから、各国で起こっていた魔法の暴走事件が一気に増加している……。やはり、九百年前の予言が示す世界の危機とは、この時代なのですか……」
セバスチャンと呼ばれた燕尾服の男は、胸ポケットから出した銀時計で素早く時間を確認した。無駄の無い動きでスタスタと歩く伸びた姿勢、ぴっしりと整えられた灰色の髪は年齢による老いを一切感じさせない。
管制室では、観察員と呼ばれる使用人達が、慌ただしく駆け回っている。
「各国の情勢の報告を。騎士団、学園都市、医療塔との連携はどうなっていますか?」
「騎士団と学園都市は予言の確証がないと様子見、医療塔はこちらの通報により重症患者の受け入れを行っています」
「……そうですか。やはり、まだ動いては貰えないようですね」
「えぇ。この御屋敷は予言の為だけに創られたといっても過言ではないので、予言を行動指針にしていますが……他の組織は難しいでしょうね。なんせ、九百年前の予言ですから」
セバスチャンが険しい顔で眉をひそめる。
「セバスチャン……ッ! 至急……ッ! シオン様が、お目覚めになられました……!」
息を切らして飛び込んできたメイドが叫ぶと、管制室が騒然とした。
「……シオン様が! 分かりました、すぐに向かいましょう。この状況について、何か知っておられるかもしれません。私が戻るまでここは任せます」
セバスチャンは逸る気持ちを抑えて、管制室の責任者へ指示を出すと、シオンの元へと早足で向かった。
コンコン。
怖々と小さな返事をするシオンを安心させようと、セバスチャンは穏やかな声色で「入っても宜しいでしょうか」と訊ねた。
ベッドから降りてそわそわと立ちすくむシオンの前に、セバスチャンが跪く。
「水中都市エストラルへようこそ。シオン様がお目覚めになられる日を心よりお待ちしておりました。どうか……私達とともに、この世界を救って頂けないでしょうか」
目を覚ました途端、見たこともない御屋敷でセバスチャンと名乗る執事にかしずかれている。感激した様子ではあるが、どこか申し訳なさそうに告げるセバスチャンにシオンは慌てて声を上げた。
「ちょっ、待って待って待って! ここ、どこ!? まさか誘拐!? 私、家で寝てたよね……っていうか、そんなことより弟はどこにいるの!? 無事なの!? ……もうっ、お父さんもお母さんも夜勤でいないっていうのに……っ!」
「大変失礼致しました。見知らぬ場所で目を覚ましたばかりだというのに、シオン様のお心にまで配慮が足りておりませんでした。誘拐ではないのですが……ここに居られるのはシオン様お一人だけです。弟君は来てはおりませんので……心配はないかと」
「そ、っか……良かった。いや、誰もいない家に弟が一人ぼっちってのは変わらないから良くはないんだけど……でも、こんな意味わかんない場所に来てなくて良かったぁ」
突然の出来事に戸惑ってまくし立てるシオンをなだめると、セバスチャンはうやうやしくお辞儀をして謝罪の言葉を述べた。
「そうですね。ここがどこか、というお話ですが……まずは、ご覧になって頂くのが宜しいかと思います」
水族館の水槽くらいある大きな窓のカーテンを開けると、一面の青い世界。眼前に広がる幻想的な光景にシオンは息を呑んだ。
「すごいっ……、水の中に街がある……っ! まるで、魔法みたい……!」
水面から差し込む光がキラキラと揺れ動く。水中だというのに明るく透きとおった水が、沢山並んでいる街灯に照らされて輝いている。
鮮やかな魚や珊瑚が真っ白な街並みを彩り、透きとおるドレスを身に纏って泳いでいる少女達には美しい尾びれが揺れていた。
「……もしかして、シオン様は魔法をご存知ないのですか?」
「ご存知あるわけない! 私の世界には、魔法なんて存在してないんだから!」
「……なんと……。この様子では状況を把握しているはずもない。まだお若いというのに……そのような世界から来られた方に救世主のお役目を担わせるなど……、あまりに酷ではないですか……」
セバスチャンの表情が曇る。
「……酷って何が? 私はなんでこんなとこにいるの? 早く元の世界に帰りたいんだけど」
「この世界は、各国で起こっている魔法の暴走事件によって、危機に陥ろうとしているのです。この事件は、予言に伝わる混沌とした世界の始まりに過ぎません。……そして、貴女はこの危機を救うとされる予言の子の一人。申し上げにくいのですが……元の世界へは、もう、戻れないかもしれません」
頭の中が真っ白になり、セバスチャンの言葉を頭の中で反芻させる。
(……元の世界には帰れない? 誰が、私が? だって、昨日まで普通に学校行って、普通に家族とご飯食べて、めっちゃ普通に過ごしてたじゃん。……あれが、最後だって言うの……?)
「……っ、……は……ぁ、……っ」
「シオン様……っ!?」
過呼吸だ。
呼吸が荒くなったシオンが喉を抑えて、ぐしゃぐしゃと頭をかき乱す。
(……苦しいっ! 息が、出来ない……っ)
心配するセバスチャンの声が遠ざかっていく。
遠のいていく意識を繋ぎ止めることも出来ない。シオンは意識を手放して、その場に倒れ込んだ。
◇ ◇ ◇
「シオン様……っ!? シオン様……!」
苦しみながら倒れ込むシオンを間一髪で受け止めると、セバスチャンは御屋敷の使用人を召集した。
「……っ! セバスチャン、どうなさったのですか……!?」
「……シオン様のいた元の世界へ戻れないかもしれないと私がお伝えしたら発作が出て意識を失われた。……無理もない。……っ、まだ、十代の少女なのですから……」
セバスチャンの言葉に、駆けつけたメイド達も暗い表情を浮かべた。倒れたままにはしておけないと、セバスチャンがシオンを抱え上げてベッドへと横たわらせた。
「……メイド長、シオン様を頼みましたよ。それと、念の為、医師を呼んで下さい」
「かしこまりました。セバスチャンはどちらへ?」
「私は管制室へ戻ります。サポートが必要でしょうから」
そう言い残すと、セバスチャンは管制室へ向かった。
「先程は報告の途中で申し訳ありませんでした」
「いえ、シオン様の目覚めが最優先事項ですから。それで、セバスチャンがここに来られたということは、シオン様は……?」
「元の世界へ戻れないと聞いて、倒れられてしまわれました。……おそらく、シオン様は予言のことは何もご存じないようです」
「そうでしたか……、心が痛みますね。私の娘と歳も近いですから」
「……えぇ」
管制室の使用人達は、最前線で数々の魔法暴走事件を見てきたのだ。苦々しい表情で俯く使用人達を鼓舞するように、セバスチャンが手を鳴らした。
「私もサポートに入ります。被害状況の酷い地域のピックアップを、私の固有魔法を使用します」
観察員が被害の酷い地域を魔法で投影された地図上にピックアップすると、セバスチャンは懐中時計を取り出して唱えた。
「時空ノ円」
セバスチャンを中心に、円形のホログラムがいくつも浮かび上がる。その一つ一つの円は、リアルタイムで各国の映像が映し出されているようだ。
魔法の暴走で街を破壊したり、無差別に人を襲っていたりと、酷い地域では災害のような凄惨な映像が流れている。
「学園都市ぺスカアプランドルで男子生徒の暴走。場所は飲食店の多いエリア。魔法属性は水。暴走レベル3。次に、探求者の国シャルムで中年男性の暴走。場所は上空、空賊と思われる。魔法属性は風。暴走レベル4」
その魔法は集中力がいるのか、セバスチャンは額に汗をにじませながら、円に映し出された情報を伝えていく。観察員達はその情報を各国へと共有して、救助や戦闘を促した。
魔法の効果が切れて一息つくと、セバスチャンは誰にも届かないような小さな声で呟いた。
「予言の子……たとえ、そう呼ばれる者が三人いるのだとしても、魔法の暴走事件を……別世界から来たという少女に押しつけなければいけないのですか……」
故郷を想って倒れるような少女にのしかかる重すぎる責任。それを自分が伝えなければならない。
セバスチャンは大きなため息をついた。
「せめて、御屋敷にいる時だけでもシオン様に安らぎを……」
ただの使用人でしかない自分に出来ることは、シオンのサポートをすることだけだ。
いつ目が覚めても美味しい紅茶をいれられるようにと、セバスチャンは最高級の紅茶の茶葉を用意する為に保管庫へと向かうのだった。
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異世界転移たのしー!ではない、もしも自分の身に起きたら普通に怖いし帰りたいよね……というリアルな女子高生視点の異世界ファンタジーです。
明るくひたむきギャルな星守シオンをどうぞ、よろしくお願い致します!




