第1話 「君には、初恋弁当を作って貰う」
大谷選手、お誕生日おめでとうございます!!!(日本時間)
めっちゃおめでたい、何か始めたいという気持ちになって生まれた物語です。
「迷宮を抜け出すには、化け猫に転生するしかない」
突如として現れた見るからに不気味な、謎の男の第一声が、これだった。
「あの、ここ、どこですか?遊園地の迷路に思えるんですけど……」
陽彩は、きょろきょろ回りを見て困ったように眉を下げた。
「私、会社から帰る途中、どこかの高校の文化祭に寄って、『ヒロイン御断り食堂』とやらに入ったと思うんですけど……」
陽彩は、乙女ゲームが好きだった。
乙女ゲームの悪役令嬢転生ものをテーマにした小説や漫画も大好きで、たくさん読み漁って読み耽ったが、最近は飽きてしまった。
正直言って、読むのを避けている。
そんな折、ふらりと立ち寄った文化祭で、『ヒロイン御断り食堂』に入ったのだ。
「夜に文化祭って、面白い学校。セーラー服に学ランかあ。私の母校は、ブレザーだったから、なんか新鮮……」
陽彩は、大手企業の社長秘書だが、ストレスの溜まる職場だった。
運命の出会いがあるわけでもなく、既婚者の社長は、目の保養にもならない。
それに、ほとんどの男性社員が、既婚者だ。他は、好みじゃない。
心が潤う恋愛なんて、一生期待できそうになかった。
これが、乙女ゲームに嵌まった理由の一つだ。
「楽しかったけど、もう十分。ごちそうさまって、感じなんだよね~……それにしても、意外と御客さん多いわね」
陽彩は、うろうろ歩いて回った。
ハイヒールを履いてスーツを着て、しかも、三十路を過ぎて、高校の文化祭に入ったのは初めてだ。
若い子たちを見ていると、心が若返った気がした。
弾ける笑い声が、胸を躍らせる。
「何か、楽し~い。でも、お腹すいた。たこ焼きとか売ってるかな?」
屋台を探そうとしたら、ハンサムな高校生が、陽彩に声を掛けて来た。
「御食事は、いかがですか?僕たち三年一組は、出し物が食堂なんです。食べて行かれませんか?」
今時の若い子にしては、丁寧な言葉遣いだった。何より、飛び切りハンサムだ。
(うわっ、ちょっとラッキー)
「メニューは、何があるの?」
陽彩が聞くと、その高校生は、微笑みを浮かべて歯の浮くような台詞を言った。
「御食事は、お弁当の形式になっているので、お好きなものを、お選び頂けます。綺麗なお姉さんには、申し訳ない食堂名なんですけど、『ヒロイン御断り食堂』っていうんです。お姉さんみたいに美しい人が来るって知ってたら、『ヒロイン・ウェルカム食堂』にしたのに。惜しい事をしたな~」
心底悔しそうに言うものだから、陽彩は、思わずクスッと笑ってしまった。
「男前に言われると、本気にしちゃうわよ。でも、ヒロイン御断りかあ、気持ち分かるなあ。ちょっと入ってみよっかな~。案内してくれる?」
陽彩は、微笑み返して、三年教室まで案内して貰った。
そして、階段を上がると、横手に食堂があった。
開け放たれたドアの上に、深緑色の暖簾が掛かって、入り口の左横には、シンプルな白い立て看板があった。
黒文字で、『ヒロイン御断り食堂』と力強く書かれてある。
「いらっしゃいませ」
陽彩を出迎えたのは、いずれも男子高校生で、彼らも又、飛び切りハンサムだった。
(うわあっ、ラッキーデーね。目の保養になる~)
うきうきしながら教室に入った途端、突然真っ暗になった。
「え?停電?すぐ付くわよね?」
その場に立っていると、ぱっと明かりが戻った。
でも、何もかもが、入る前と違う。
「どうして、椅子も机もないの?ここ、教室じゃないの?」
困惑する陽彩の前に、突如として現れた男が、こう言ったのだ、「迷宮を抜け出すには、化け猫に転生するしかない」と。
陽彩の目の前で淡々と話す男は、幽霊のように、ぷかぷか浮かんでいた。
だぼっとした青いローブを着込んでいる為、足があるのか不明である。
大きなフードをすっぽり被っているので顔も見えず、陽彩は、恐怖で後ずさった。
「僕のことは、PPと呼んでくれ。Pack・Pacificの頭文字だ。普段は、こうやって人の姿はしているが、化け猫高校の理事長だ。君は、化け猫高校の夜の文化祭に迷い込んだ」
「化け猫高校!?」
陽彩は、ぎょっとして目を剥いた。
「君を案内したのは、化け猫高校の三年生だ。上手に化けていただろう?あの子は、口も上手いんだ。君は、交通事故にあった。化け猫たちの妖力が強まる夜は、亡くなった人間の魂を呼び寄せ易い。君は、ヒロインになるのを断ったから、乙女ゲームには入れない。転生の選択肢は、化け猫しかない」
「え、そういう意味だったの?というか、私、死んだんだ……」
陽彩は、呟いて視線を落とした。
これが化け姿なのか、体型は変わっていないが、スーツはセーラー服に変わって、ハイヒールはローファーになっていた。
(化け猫高校の生徒に仲間入りしたってこと?)
陽彩は、間違いなく青信号を渡った。
突っ込んで来たのは、車だったのか、トラックだったのか思い出せない。
どちらにせよ、もう人には戻れないのだ。
「死を怖がるな。僕は、この世と、あの世の監督者でもある。人の世界と仏の世界は、一本の細い糸で繋がっている。それが目に見えるのは臨終の際だが、僕は、常に糸の上を行き来している。化け猫に転生した者たちは、歳をとらない代わりに、己が意志で死ぬことは叶わない。ここが、どこだか分かるか?」
「いいえ、全く」
問われて、陽彩は、力なく首を横に振った。
「地獄へ続く迷宮だ。しかし、迷宮を抜け出せるチャンスが、一度だけある。極楽浄土に続く道へ逝く為に、君は化け猫に転生した。君には、初恋弁当を作って貰う。初恋弁当が完成した時、『運命の子供』が現れて、ノワを割ってくれる」
「ノワって何ですか?どうして、お弁当が出来たら現れるんですか?」
陽彩が尋ねた時、PPは丁寧に教えてくれた。
「まず、運命の子供は、仏の世界(あの世)の精霊だ。普段、人の世界(この世)に興味など無い。しかし、純情な恋心で作った初恋弁当は、強烈な輝きを放ち、精霊をも惹きつける」
真面目腐って語るPPに、陽彩は、半ば呆れ返っていた。
(初恋なんて、たいてい実らないのに。苦い味に決まってる。嘆きの涙味よ)