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第五話

「エレナ様、よろしければ新人の聖女見習いたちに実演披露をしていただけませんか?」

「……実演披露?」


 ジェマからの問いかけに、エレナは疑問で返した。ジェマは「はい」とだけ頷く。エレナは言葉の意味がわからなかったわけではなく、またジェマにも正しく伝わっているようだった。


「それはあなたが為すべき役割では?」


 実演披露とは、〝ウンディーネの聖別〟を突破したばかりの聖女見習いたちに、実際の〝聖浄の儀〟を見せることだ。


 高位聖女――特に聖女見習いたちの世話役である育成院長は身近なお手本であり、尊敬の対象となるべく、代表として実演することが慣例となっている。組織を統制する上で、力を誇示する目的もある。だから本来は、ジェマが請け負うべき役目である。


 だからこその疑問だったのだが、ジェマは平然と答えた。


「ええ。その通りです。ですから、断っていただいてもかまいません」

「では、なぜ?」


 エレナの知る限り、ジェマは仕事を他人に押し付ける性格ではない。むしろ逆で、私を滅し公に殉ずることが求められる、聖女の鏡のような人間だと考えている。


 先日の出来事を鑑みると、エレナに対し角のある印象だって、ただの勘違いだったのだろう。エレナは過去の認識を改め、己を恥じていた。


「エレナ様のご高名は、聖女見習いたちにも明るい。しかし叙階聖女は民衆の前にこそ立ちますが、われわれ高位聖女以下にとってはむしろ遠い存在です。憧れの存在を前にきっと士気も上がりますし、将来の糧となるかと」

「な、なるほど……」


 過分な言い回しに恥ずかしさを感じつつも、なるべく厳粛な態度を心掛けた。


「わかりました。そういうことであれば、お引き受けします」


 ジェマには、エレナの仕事を引き継いでもらった恩義もある。もちろん上への報告は適正に行ったが、まだエレナ個人としては何も返せていない。そう考えれば、むしろ良い機会かもしれなかった。


「ご協力いただき、感謝します」


 ジェマはしとやかに頭を下げた。顔を上げたジェマに、エレナが問う。


「それで、いつ頃でしょうか?」

「ちょうど、半月後を予定しています」

「半月後……」


 口内で小さく呟いて視線を泳がせたエレナに、ジェマは怪訝そうに眉根を寄せた。


「特にご予定はなかったかと思いますが」

「ええ……まぁ。ええと……」


 半月後は、ちょうど満月の日に重なる。そのために、日程を開けておいたのだ。他の人が半月後と言えば、少々前後するかもしれないが、ジェマがちょうどと言うのなら、間違いないのだろう。


 前回の発作を思い出すと、背筋が冷たくなる。とても安易には頷けなかった。


「その……恥ずかしながら月のものが。先日は少々情けない姿をお見せしましたので」

「ああ、なるほど」


 咄嗟についた言い訳だったが、ジェマは納得したようだった。あの日のエレナの姿を思い出したのだろう。真っ赤な嘘なのに気遣わしげな目を向けられ、罪悪感に胸を痛めた。


「そういうことであれば、やはりやめておきますか?」


 特段、どうしてもエレナにやらせたいわけではないのだろう。エレナが断れば、ジェマは気にもせず当初の予定通り自ら執り行うはずだ。そんなジェマを前にして、エレナは情けなくなった。


「いえ、大丈夫です。これまでも関係なく務めてきましたし、そんなことで断っていては、叙階聖女として示しがつきません」

「承知しました。ありがとうございます」


 実演披露の日程は、通常昼だ。順調に済ませれば、特に問題など起こさずに切り上げられるだろう。そのはずだ。


 エレナは自らにそう言い聞かせるものの、心に沈殿した重い感情は、決して洗い流せそうになかった。


 約束の日が近づくにつれ、エレナの不安は募っていく。その間、昼間なら大丈夫なはず、と何度も自分に言い聞かせた。だが頭のどこかでは、それが希望的観測に過ぎないこともまた、うすうすと感じとっていた。


 ◇



「では、これより〝聖浄の儀〟の実演披露を行います」


 ジェマの宣言に、場がざわめく。


 この場にいるのが聖女以上の階級の者であればあり得ないことだが、聖女見習いたちに聖女としての自覚はまだ育っていない。


 以前に経験した〝ウンディーネの聖別〟を思い出し、恐怖を覚えている者もいるかもしれなかった。


 聖女たる資格を得るための〝ウンディーネの聖別〟は、至極単純な行程で行われる。それは、魔力で満ちた水源に入り、一晩耐えるというものだ。


 才のないものは、たったの一晩すら水に浸かることは適わない。〝ウンディーネの聖別〟を終えた後の体調の変化こそ様々だが、とりあえずのところ死ななければ合格である。


 無論、その後に衰弱して死に至った場合も不合格となる。一般的な手当てこそ施されるが、実のところ魔力で起こる身体異常への対抗策は、教会ですら持っていない。


 しかし稀に耐えるだけでなく浄化まで果たす者がいる。その者たちは豊かな才能に溢れ、ほとんどは例外なく紅衣聖女以上の地位に至っている。最近では、エレナともう一人――リリアの二人だけだ。


「本来であれば育成院長の私が実演する予定でした。しかし今回は特別に、別の方に担当していただく運びとなりました」


 ジェマが振り返る。視線に応え、エレナが前に出た。


 普段見ることのない儀礼用のローブを羽織る姿に、先ほどからちらちらと興味ありげな視線を送る者も多かった。しかしエレナが年若いせいか、単に『係の人』くらいにしか考えていない者が多そうだった。


「皆様、お初にお目にかかります。叙階聖女のエレナと申します」


 エレナが身分を告げると、場が強くざわめいた。驚きの声、憧れのため息、そして不安げな囁きが入り混じる。


 新人の聖女見習いたちにとって、エレナは遠い存在なのだろう。


 以前からいる聖女見習いたちとはつい少し前まで当たり前のように同じ寄宿舎で寝食を共にしていたが、新人たちにとってはそうでないのだ。


 エレナの登場は聖女見習いたちに様々な影響を与えていた。憧れ、不安、そして奮起。彼女たちの心には、それぞれの思いが渦巻いているようだった。むず痒いやら誇らしいやら、複雑な心中だ。


 喧騒は収まるところを知らず強くなっていく。見兼ねたエレナが軽く手を挙げると、皆一斉に静まり返った。エレナは内心で感心しつつ、話しだす。


「今回は他ならぬジェマの申し出により、実演を引き受けさせていただきました」


 ジェマの名前を出したのは、経緯の説明もあるが、ジェマの威を示す目的もある。


 本来なら異例である叙階聖女を――しかもあの有名な〝理想の聖女〟エレナを実演に駆り出すだけの力がジェマにある。


 そう示せれば、きっと新人たちにジェマは大きく映るだろう。


「私たち聖女は、人々の光たらねばなりません。水を浄化するという役割ももちろんですが、それ以上に人々がウンディーネ様の加護を信じ、明日への希望を持って生きられるよう――その礎として相応しくあらねばならないのです。ゆめゆめ、そのことを忘れなきように」


 エレナの言葉を聞いた聖女見習いたちは皆重く顔を引き締めた。


 エレナは浄化の力こそ強いかもしれないが叙階聖女としては未熟であり、むしろ威厳という意味では経験豊富なジェマの方が上かもしれない。


 拙い自分の言葉とはいえ、ほんの少しでも意味のある何かを残せれば、と考えていたが、どうやら杞憂だったようだ。


 これくらいでいいだろうか、とジェマに視線を向けると、頷かれた。エレナも頷きを返す。確認がとれ、エレナは早速〝聖浄の儀〟に入るべく、準備を始めた。


「――それでは、始めます」

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