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災いはおでんとともに


 人生はアップダウンの連続だ。


 体調が良い日が続いてこれから上向きになるかなと希望を抱いた翌日に頭痛や腹痛に悩まされたり、転んでけがをしたり。

 夫婦間もものすごく楽しい時間を過ごしああこの人と一緒になって良かったと思った半日後には殺意を抱くような喧嘩が勃発する。


 もしかしたら、良いこと尽くしで生きている人もいるかもしれない。


 しかし。

 万衣子の場合はそうならない。


 災いは突然やってくるのだ。


 そう。

 良い感じのおでんが出来た時などに。





「まいこーっっ」


 呼びかけに茶碗と端を持ったまま振り向くと、部屋に勢いよく飛び込んできたのは姉の明菜だった。

 しかも、利き手に折り畳み傘を握りしめ振りかぶっている。


「え…。どうしたの、おねえちゃん」


 向かいに座っている梅本も大根を箸でつまんだまま固まった。


「どうしたのって…あんた…」


 はあああーっと全身の酸素を吐き出すような大きなため息をついてがっくりと姉は肩を落とす。


「あの男に監禁されているのかと思ったのよ…」


「あのおとこ?」


「滝川よ! あんたの元旦那!」


「ははっ。まさかあ」


 大口を開けて笑い飛ばす万衣子に「あんたねえ」と姉が畳みかけようとしたところに、低い声が割って入った。


「…監禁? どういうことですか。先輩」


「先輩? って、貴方どちら様…」


 台所に置いてあるちいさなテーブルを挟んで座る背の高い男にようやく意識が向いたらしい姉に、慌てて万衣子は立ち上がる。


「ちがうの。あのね。この子はちいくん…じゃなかった、梅本君、いやええと」


「もしかして、あなた、浦田くん…浦田、幸正君じゃない?」


「え」


「はい。浦田幸正です。今は梅本と申しますが」


 仕事帰りの梅本はシャツの胸ポケットから名刺入れを取り出して立ち上がり、両手で差し出しながらゆっくりと頭を下げた。


「ご無沙汰しております。今は近くのドラッグストアで働いておりまして」


「…ああ。なるほど…。お母様はお元気かしら」


「はい。実家で祖母たちと習い事をしながら暮らしています」


 梅本の返事を真剣なまなざしで聞いたのち、姉は折り畳み傘を肩から掛けたバックに仕舞ってまた盛大に息をついた。


「…良かった。本当に良かった…。実は団地のひとたち、みんな心配していたのよ、お母さまと浦田君が無事なのか」


「え?」


 梅本と万衣子は同時に驚きの声を上げる。


「ねえそれよりも、私いまおなかぺこぺこなの。どうせ作りすぎたんでしょ。混ぜてよ」


 勝手知ったる姉はずかずかと隣室へ入り、隅に立てかけていた折り畳みの椅子を抱えて戻ってきた。


「あはは。うん。そうなの。だからちいくんにも来てもらったの」


 レンジ台の上にはホーローの大鍋が鎮座しており、中にはおでんの具がどっさりと詰まっている。


「どうぞこちらへ」


 慣れた手つきでテーブルの上を整理し、食器棚から迷いなく客用茶碗を取り出す梅本の背を眺め、姉は眉間にしわを寄せてうーんと猫のように首を傾け、ぽそりと言う。


「もしかして、お邪魔だった? 付き合ってるの? あなたたち」


「ちがいます!」


 なぜか見事にハモってしまった。



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