陰キャと陽キャの境界線
「彼女に惚れ込んで引き合わせたのが祖母だったから、いったん本社を離れた方が良いだろうってなって。今は傷心ということにさせてもらって一番平和で小さい店舗でのんびり暮らせているから、俺としてはむしろ万々歳なんだけど」
祖母が気に入った女性ならと決めたものの、梅本自身はうまくやっていける自信はなかった。
薬剤師を目指す女性は多い。
仕事場も同じく。
色々な人と関わって来たつもりではあったが、それはあくまでも円滑に過ごすためのこと。
だがしかし、結婚相手となると別である。
見合いの席で正面に座る女性は梅本の人生で一番関わりのない種族だと、瞬時に理解した。
「種族?」
「なんだろう住む世界が違うというか相いれないっていうか。毎週末避暑地でテニスとか仲間でバーベキューやってそうな…いや、彼女が率先してやっている感じではなくて…なんて言うのかな…」
「ええとパリピ? 」
「ああ、そうそう。休日ひとり家の中でだらだら過ごすとかありえない感じの」
万衣子はぐるりと首を巡らし部屋を見回す。
梅本が契約した家は万衣子の間取りよりずっと広く、別室があと二つありそこに寝室と書斎を構えているらしい。
向かい合って座っている二人掛けのテーブルセットは台所にあり、ふすまを開けはなした隣室の六畳間はテレビと折り畳み式のローテーブルと座椅子がわりのビーズクッションだけがあり、転がり放題のまさにだらだら仕様だ。
「ああ…。私、バーベキュー無理。大学の頃はちょっとあったような気がするけど、あれ火力の調整難しいし、色々始末とか面倒くさいし…」
「好きな人は面倒くさいとか思わないからやるんであって」
「そこが陰キャと陽キャの境界線かなあ」
「おそらく」
「いやいや。なんでそこまでわかっていて結婚しようとしたの」
「知らない世界に飛び込めと神が言っているのかとばかり」
「え、梅本君。スピリチュアル系好きな人?」
「いや、スタンダードな日本の多神教。盆暮れ正月お地蔵様クリスマス有りの」
「あはは。お地蔵様はついつい挨拶したくなっちゃうよね」
「お稲荷さんを前にすると、背筋が伸びるな」
「うん、お稲荷様には礼儀正しく接しないとね」
「まあ、とにかく。俺は祖母たちの勧めに乗っただけの、まったく主体性のない最低な花婿だったんだよな」
実際、何一つ自発的に決めていなかった。
言い訳にしかならないが、親の結婚生活は地獄そのもので記憶が多少薄れたとしても忘れることができない。
幸せな未来が思い描けないままずるずると時間だけが過ぎていき、バージンロードを男と手を取り走り去る花嫁の後姿を見つめながら、ド派手にひっくり返してくれたことに内心感謝した。
「あ、悪い子だ」
「そう。悪い子なんですよ、俺」
くすりと梅本は笑う。
「なんか結婚で支度した新居とは真逆の家に住みたくなって、この団地を借りたんだけど、まさかそのおかげで俺も先輩と再会するとはね」
コーヒーを一口飲んで、彼は視線を上げた。
「先輩もそんなところじゃないですか? あの煙草デビューとか、あり得ないでしょう」
あ、また敬語に戻ってる。
そう考えながら、万衣子は瞬きを二回した後にやりと不敵な笑みを浮かべ、こてんと頭を傾けた。
「さて、どうかな。あててごらん」
自分たちには、時間がたっぷりある。
なんだか、嬉しかった。