卒業
家主は梅本で器材も食器も彼の物だが、年長者ぶって万衣子は食べることを促した。
「いただきます」
手を合わせて梅本は箸を取り、食べ始めた。
「あちっ」
ちょっと舌を焼いたらしいが、綺麗な所作でお好み焼きを箸で切り分けては口に運ぶ。
「たくさんあるから、落ち着いておあがり」
やはり実家の弟よりもずっと可愛いじゃないかとにやけながら万衣子も箸を手にした。
じゅうじゅうと焼ける音と鉄板から上がる香りと、窓から入る少しひんやりした空気。
どうしてこうなったのか。
なんだか不思議だなあと思いつつ、食べることに集中することにした。
食事を終えて片づけると、梅本がコーヒーを入れてくれた。万衣子は姉から送られてきたマロンパイを出す。
「ホットプレートが大きいと、一度にたくさん焼けるからいいね」
多めに作ったので、残った分は分け合い、それぞれ冷凍することにした。
「ああ…。あれは結婚相手が揃えた家電だったから」
洗って拭き上げた鉄板をシンク横の台に伏せて乾かしているのをちらりと視線をやる梅本はなんとも複雑な表情を浮かべる。
「ん? 梅本君、既婚者だったの?」
まずい。
ただの先輩後輩だが、家に上がり込んでその言い訳は通じない。
慌てて腰を浮かしかけた万衣子に、梅本は手を振った。
「ああ違うから。結婚しそこなったというか。相手はもうとっくに新しい人と結婚したんで」
「し損なった?」
「先輩、『卒業』って古い映画知ってるかな。ダスティン・ホフマンの」
「ああ、あの、サイモン&ガーファンクルの…。サウンド・オブ・サイレンスだっけ」
サビの部分をたた・たた・たりらり~とたいがい破壊的な調子で口ずさむと、心優しい後輩はにこりと笑う。
「そう、それ」
「まさか…」
「ホテルのチャペルで式の最中に、まんまかまされて、もう凄かった…」
「ああ…。それは…。すごいね」
三十過ぎてあれやこれやを万衣子としては、事後処理が気になって仕方ない。
式にかかったお金や招待客をその後どうしたかとか、新居や籍や仕事関係どう説明するんだとか。
「鶯堂の創業者一族の端くれということで俺と結婚していいと思ったみたいだけど、式の少し前に大学で憧れていた先輩と再会したらしくて」
相手は鶯堂よりも実家が太い、いわゆる御曹司だった。花嫁の家族はこの乗り換え劇に全く悪びれてなかったと梅本はいう。
「おお…」
万衣子としてはかける言葉もない。