万衣子特製お好み焼き
「立ち合いまでお付き合いいただきありがとうございました」
「いや…。俺が強引についてきただけだし」
結局、ちいくんは万衣子の荷物を持って一緒に家まで走ってくれた。
「まだ荷解き終わってなくて、お茶もインスタントでごめんなさい」
スティックの粉末緑茶をお湯で溶いてお客様の前へ置く。
「どうかお構いなく。引越三日目なんだし」
人口は二千人を超えるという大型団地で万衣子の新居は河川敷から離れた中ほどにあり、ちいくんは窓から川が見える棟に住んでいることが分かった。
「俺の方が一年くらい先に住んでいるから色々コツがわかっているんで、聞きたいことがあったら何でも言ってください」
「コツねえ。お風呂に換気扇がないのには驚いた」
「ああ、俺たちの住んでいた団地はユニットバスでしたもんね」
「そう。エレベーターがないから安い、だけじゃなかった」
ここは七十年代に建てられた物件で、浴室は外壁に面した窓を開いて換気するしかない。
「除湿器とサーキュレーター回したら結構水分は飛びますよ。それと申請したら自分でトイレの便座をウォッシュレットに付け替えることできるんだけど、なんなら俺やりましょうか。ネットで購入してはめるだけだし」
「うわ、神様、仏様、ちいくんさま」
ぱんっと両手をあわせて拝む真似事をすると、「そういうとこですよ先輩」と笑われて、万衣子は唇を尖らせた。
そういうとことはどういうことなのか問い詰めたいが、知るのも怖くて、とりあえず手近な煎餅をがりりとかじった。
それからなんとなく。
二人は互いの家を行き来するようになった。
ちいくんあらため梅本は年中無休の職場の責任者で万衣子は職場で中堅的なポジションゆえ忙しく、会う暇などないだろうと思いきや独身者の身軽さなのだろうか。
今夜もどういうわけか梅本の家で、長方形の大きなホットプレートを挟んで会話をしている。
五階建ての一番上でベランダから川を眺めることができ、窓を開けていると風が心地よい。ただ彼曰く、夏は屋上が熱されて熱いらしいとのことで。
「へえ…。確かに関西風でも広島風でもないね」
便座を付け替えてもらった日から、梅本には敬語で話すのをやめてもらった。
「そう。いい感じに混じって美味しいよ」
熱せられてジュウジュウと音をたてているのは、万衣子作お好み焼き。
小麦粉とすりおろし長芋と卵と水と塩を少々入れて混ぜ合わせた中に、もやしと細かく刻んだキャベツを投入して混ぜ、少し置いて馴染ませたらうすく油を引いた鉄板に流し込むのだ。
タンパク質は主にイカや豚肉。
独特なのは、片面を焼いて裏返したらフライ返しを上から強く押しあてて、平べったくすることだ。
「これって、どっちの流派にも怒られそうなやつなのよねえ」
「確かに。でも、この焼き付ける音と匂いがいいね」
「でしょ。母に直接理由を聞いたことはないけれど、多分、こうした方が早く火が通るからなんだと思う」
両面焼き上がったら、マヨネーズとケチャップとウスターソースを混ぜ合わせたたれを豚肉がぱちぱちと油をはじいている上に塗り、鰹節と青のりをたっぷりと振りかける。
「はい、召し上がれ」