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ちいくんとわたし



 そしてなぜか今、二人でベンチに並んで座っている。

 ああ川面で魚が跳ねたなとペットボトルの茶を飲みながらぼんやり眺めた。


「なんか挙動不審な人がいるなって思ったら日下先輩で。まさかの煙草デビューでしたか」


「ええそうですね。三十三歳にして」


 彼は吸殻をきっちり回収した後、猛ダッシュでどこからか飲み物を買ってきてくれた。飲めるものがわからないからと、リュックから何本も取り出してきた時に、ああ、本当にこのひとは浦田幸正君なんだなあと思った。控えめで優しい『ちいくん』が彼の後ろからひょっこり除いた気がする。


「大変失礼ですが。先輩、もしかしてやさぐれ中ですか」


 大人になったちいくんはずばりと遠慮なく切り込んできた。


「…はい。その通りです。お酒が飲めない体質なので、煙草をキメるのはどうだろうと、お米屋さんで思いついて」


「米屋さんって、もしかして土手を下った所にある丸田屋さんですか?」


「そうそう。いつもと違う道を歩いてみたら見つけてね。お米屋さんに入ったの、これが初めてだったから舞い上がってしまって」


 陰干しした棚田米なんて見たことなかったし、玄米をその場で精米してもらうなんて初めての経験で、待っている間に店内を見渡すとさらに新しい世界が待っていた。


「葉巻買おうとしたら窘められちゃった」


「でしょうとも」


 深く頷いて「俺だって止めます」と付け加えたので首をかしげると、リュックの中から名刺入れを出して一枚渡してくれる。


「今、ここで働いておりまして」


 そこにはここより少し歩いた先の住宅街の中にあるドラッグストアの名称と共に『店長・薬剤師、梅本幸正』と記されていた。


「鶯堂薬局? 店長で薬剤師? すごいね。いやそれより梅本って苗字」


「先輩が卒業した後に親が離婚して、母の旧姓に変えたんです」


 そういえば、いつの間にか彼を見かけなくなった。


「ごめんなさい、気が付かなかった」


 万衣子は分譲型の大きな団地で幼少期から暮らし、彼も同じ団地の別棟だった。

 学年は違うし敷地が離れていたが子ども会などの行事で顔を合わせることが多く、三つ下の弟は一緒に遊んでいたはずだ。


「いえ二つ下ですし。うちの父、外面のいいモラハラDV男だったので、母と身一つで逃げ出してシェルターに匿ってもらった時期もあったんで、まあ色々と」


 家族の反対を押し切って結婚したため、頼れないと母親は思い込んでいたが、逆に心配して探されて、連絡を取ると迎えに飛んできたらしい。


「それで祖父母の元で暮らしているうちに親戚たちが薬局の経営をどんどん広げていって、なんか急激に大きくなっていって」


「鶯堂って、今や全国規模よね」


 気が付けば出張先でも見かけるくらいに。


「ええ。それで俺に一店舗任せてくれているわけです」


「そうなんだ…って、ああいけない。私帰らなきゃ。修理業者さんが来るんだった」


 腕時計の文字盤が目に入り、けっこうな時間を過ごしてしまったことに気付いた万衣子は、慌てて荷物をかき集める。


「ごめんなさい、私引っ越したばかりで。洗濯機の排水管が詰まっていたから、団地の管理事務所に改善してもらうよう依頼していたの」


 頭を勢い良く下げて走り出そうとするのを引き留められた。


「ちょっと待って先輩。団地? 先輩も団地に住んでるの? もしかしてそこ?」


「え? ちいくんもそこ?」


 二人で同じ方向を指さし顔を見合わせる。



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