ちっさいコーセーくん
カッターシャツ姿で勤め人のようだ。人がよさそうな雰囲気だが、すぐそこの橋の上から万衣子を見たからと言って何故背後に立つのだろう。もしかして、何かの勧誘だろうか。
「あの…」
「間違っていたらすみません。日下先輩じゃないですか?」
「は?」
「あ、ごめんなさい。中学校の部活の先輩によく似ていたもので…。人違いでしたね」
申し訳なさそうに頭を下げられて我に返る。
「いえ! 違います! あの、ええと私一応、確かに日下と申しますが、貴方様に心当たりがなくて…ですね」
立ち上がり、ベンチ越しに男性と向き合うと、彼は明らかにほっとした顔をした。
「やっぱり日下先輩だった。変わらないから遠くからみても分かりましたよ」
二十年近く経っても変わらないとは、喜んでいいのかもしれないが、成長していないと言われているようで、胸の奥にもやりとした感情が溜まる。
「それで。貴方はいったいどなたですか。悪いけれど全く思い出せないのです」
「あ、俺は梅本…じゃないや、浦田幸正です。あの、ほら。美術部でちい君…、ちいさいコーセーって呼ばれてた」
「えええ? あの、ちっさいコーセー君?」
中学時代所属していた美術部の後輩には同じ響きの名前の男子が二人いて、体格が違うので『大きい、小さい』とあだ名をつけていた。今振り返ればたいがい失礼だなと思うけれど、当時の浦田幸正は二つ下だったせいか顔つきも体つきも幼く、小さくて可愛かったのだ。
頭も顔も真ん丸でほっぺたがまだぷくりとしていて黒髪がさらっさらで、万衣子たち三年生女子みんなの弟くんとして愛でられていた。
「それがどうしてこんなに細長い顔になったの…」
ころころ丸くて可愛い里芋くんが無理矢理引き延ばされ、顎の尖ったさつま芋くんになってしまって残念至極だ。
「日下先輩、心の声がそのまんま出ています」
「あ…。ごめんなさい」
「いいえ。どういたしまして」
頭を下げると突然ぎりりと締め付けるような痛みを覚え、こめかみを抑えた。
「先輩?」
「…そういや私、煙草の煙を嗅ぐと具合悪くなるんだったっけ」
足元には踏みつぶしてぺしゃんこになった吸殻がある。
「うわ、ちょっと座ってください!」