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再生

 食べ終わったところで梅本は繊細な造りの小さな湯呑に緑茶をいれてくれた。


「ティーバッグでごめん。滅多に飲まないからこっちが便利なんだよな」


「ううん。口の中がすっきりしたし、おちつくよ」


 手の中におさまった白くて薄い磁器を覗き込む。


「なんか意外。梅本君がこんな繊細なお茶碗持っていたなんて」


「それは、祖母からの貰い物。茶道とか香道とか華道とか、そういうのやっているから引き出物とか贈物の陶磁器がいっぱいあって。マグカップすら自分で買っていないよ」


「そうだったんだ」


 食器棚に視線をやると確かに万衣子も見たことがある有名な窯元や食器メーカーのものがちらほら並べられていた。


「奥様連中の人脈って侮れないから、梅本の女性たちは商売に関わらせるより積極的に習い事へ出させていてね。ほら、高度成長期あたりは専業主婦や嫁入り修行とか習い事が盛んだったらしいから」


「なるほど…」


「それで元婚約者がおススメとして現れたんだけどね。この件については本当に祖母たちがしょげちゃってて」


「はは…? あ、ええと、これ、笑って良かったのかな」


「うん。笑ってほしいとこ」


 食器棚前に立つと、梅本は奥の方から一枚のプレートを取り出した。


「先輩、こういうのって好き?」


 真っ白な素地に青を基調とした柄が配置され、赤い小さな薔薇がちりばめられたとても可愛らしい皿だ。


「ふふ。ちいくんがこんな可愛いお皿隠し持っていたとか知らなかったな…。ああそうか、それでさっきのおばあ様の話しがつながるんだ」


「そう。前振り。そうでないとちょっとね。いや、嫌いじゃないけれど積極的に手に入れたわけじゃないというか」


「うん、うん。わかる」


 受け取った皿は、裏返すと銘が書き込まれていた。


「ポーランドで作られたんだ。初めて見た。すごくかわいいね」


 ちょっと昭和レトロを思わせるどこか素朴な愛らしさがとても新鮮に感じられる。


「うん。こっそり仕込まれたとしか思えない皿なんだけどね…」


「ああ。女の子が来た時に使って欲しいな~的な?」


「そうそう。これで好感度上げて欲しいという強い願いが感じられて…。返すわけにもいかないし」


 もう一枚、青と水色の花が描かれた皿を取り出してテーブルに置く。


「こっちもかわいいね。野の花で」


「うん。それで、この二枚に今からデザートを盛り付けよう先輩」


 そう言って、今度は黄桃の缶詰を冷蔵庫から取り出した。




「これをこうして…。どうかな」


 梅本は、魔術師のようだ。

 いや、薬剤師でなくて保育士も向いているのではないか。


「うん、ありがとう。すごく、すごく素敵だよ」


 愛らしい花柄のお皿の上に、夢のように素敵なデザートが鎮座している。

 真ん中にスプーンですくったバニラアイスの山を築き、スライスした黄桃を菜箸で一枚一枚ぐるりと囲むよう並べた。

 そして。

 あの、壊れてしまったモンブランがいくつかにカットされてさらにその外縁をちょこちょこと彩った。


「なんかポーランドっぽいね」


「先輩、ポーランド行ったことあるんだ?」


「ないよ。でも、白いブラウスに可愛い色の刺繍した民族衣装みたいじゃない? これ」


「…そう、かな…? いやいや、単に皿がそういう柄なだけだろう」


「ふふふ。ばれたか。でもいいの。ポーランドへ行った気分なの、今」

 

 地面で強打したせいで箱の中で転がり端正なクリームの線も壊れてしまい、それを目にした万衣子は号泣してしまったけれど。


「とても。とてもおいしそう。ありがとう、ちいくん」


 もう、思い出すことはないだろう。

 可愛らしいお皿の上で、万衣子の宝物は姿を変えよみがえった。

 もちろんケーキの半分は梅本の皿にも載せて双子の星のように光っている。

 それがまたなんとも嬉しい。


「どうしよう。もったいない…」


 どこから食べたらいいのか、迷ってしまう。

 万衣子はフォークを握りしめ、真剣にデザートを見つめる。


「…先輩。褒めてくれるのは嬉しいけれど、アイスが溶けるよ」


 ためらいがちに指摘されて、万衣子は心を決めた。


「ねえ、ちいくん。じょりーとぼくとではんぶんこって歌、知ってる?」


「え?」


 まずは、半分こしたモンブランから。

 栗と生クリームの部分をフォークですくって口に入れる。


「はあ…」


 ゆっくりじんわりと。

 力がみなぎっていく。


「なんか、生き返る…」


 お世辞なんかではなく、本当に。






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