だび゛だび゛…
「だび゛だび゛…。す゛み゛ま゛ぜん゛…」
目と鼻がすごいことになって、まだ上手く発音できない。
ティシュをかなり使ってしまい、傍らのごみ箱がこんもりしている。
崩壊したモンブランは速攻で冷蔵へ仕舞われたような気がする。
「いや、俺が早計だった。先輩ごめん」
「う゛~」
梅本に頭を下げられ、なぜかまた涙と鼻水が同時に流れ出てきた。
「どうしたもんかな…」
困らせていることにも泣きたい。
いや、泣いちゃだめだ。
何もかも、いやになる。
こんなの、ほんとうにいやだ。
「こういうのって、本当は気分転換に外へ連れ出すのが一番なんだろうけれど、今はそれが一番危ないから…」
「う゛う゛、ごめ゛いわ゛ぐ、ばがりで~」
「今から、雑炊を作るから。先輩はここに座って」
梅本はキッチンの近くに椅子を置いた。
「ぞうずい゛?」
「うん。先輩、いまおなかもびっくりしていると思う。消化のいいのだったら食べられるんじゃないかな」
そう言いながら棚から両手鍋を取り出し、水と出汁パックと酒とみりんを入れる。
「ありがどう゛…」
「どういたしまして」
梅本は背中を向けたまま応えた。
「先輩、苦手な野菜ってなかったよね」
「うん」
「じゃあ、長ネギ、大根、人参…、ああ里芋と南瓜もちょっと入れよう。それと花エビとしらす入れて良いかな」
「はなえび?」
「うん。三陸で採れるやつ。これ」
冷凍庫から袋を取り出して見せてくれた。
「ツノナシオキアミ?」
「ああ、そうだオキアミ。釣りの餌とかに使ったりするやつと同じ…かな。けっこういい味出るんだ。ちょっと色どりもいいしね」
「うん。いただきます」
会話している間にも梅本は慣れた様子でどんどん食材を細かく刻んでいく。
沸騰した鍋から出汁パックを引き上げ、刻んだ野菜を次々と投入して蓋をする。
そして冷凍庫から出したご飯を電子レンジで解凍し、野菜に火が通ったか確認するとしらすと花エビを入れた。
「もうすぐできるよ」
さらにご飯を入れてぐるりとかるくかき混ぜ、今度は卵を二個ボウルで溶きほぐして箸に伝わせてまんべんなく注ぎ込む。
「青ネギを入れて…と」
冷凍庫から刻んだ青ネギの入ったジップロックを取り出し、溶き卵の上にふりかけて、鍋に蓋をした。
「さあ、食べようか」
魔法のようだった。
気が付くと、万衣子の前に雑炊が鎮座している。
波佐見焼の小ぶりなどんぶりの中にあるのは水分をまとったお米のつやつやとした白い輝きと卵のやさしい黄色花エビのピンク。
ほかにも鮮やかな色と香りの野菜があちこちから顔を出しほかほかと湯気をあげていて、さっきまで使い物にならなかった万衣子の目と鼻がだんだんと生き返っていく。
「ああ、忘れてた。味に飽きたらちょっと混ぜて」
ぽろんと二つぶ、梅干しを端っこに添えられた。
風格のある紅海老茶色のそれはじっくり手間をかけて作られたと想像してしまうような好ましい香りを放つ。
おいしそう。
たべたい。
お腹がくうと鳴った。
「どうぞ、召し上がれ」
木のスプーンを受け取り、どんぶりの中に差し入れる。
梅本特製の雑炊は。
万衣子の涙と鼻水をぴたりと止めた。




