やればできる、わたし
米屋を出て、どこかふわふわとした足取りで河川敷へたどりついた。
平日の昼ご飯時のせいか人の往来がほとんどない。
遊歩道沿いに設置されているベンチに荷物と腰を下ろし、万衣子は少しドキドキしながらそろりとバッグの中に手を入れる。
膝の上に並べたのは先ほど購入した煙草と、店主がおまけにつけてくれたライターと携帯用灰皿。
おまけの方が高くつくのではないかと断ろうとしたが、『吸う場所と後始末に注意するんだよ』と、また何やら見透かされた物言いで送り出されてしまった。
「さて」
左右を見回して近くに子どもがいないことを確認。
おそるおそる開けたパッケージの中から一本取り出して口にくわえた。
これはストローのように真ん中でいいのか、いや端っこはアニメの刑事か。
噛むのか噛まないのか。
「ああっ」
唇から転げ落ちそうになり、慌てておさえる。
紙とフィルターがどんどん湿っていくような気がするけれどこれは大丈夫なのか。
さっぱりわからない!
もたもたしながらようやく煙草を安定させ、今度はライターの扱いに苦戦した。
ライターに触れるなんて盆や彼岸にお参りする時に使う程度で、しかもほとんど万衣子が操作したことはない。
目をすがめてライターの刻印を解読してロックと炎の量調整レバーだと理解し、ようやくかちりと親指で押してみる。
「うお…」
炎が出たところで先っぽを近づけた。
ジ ジ…と紙が燃える感じがして、そういえば叔父さんはこの時すうっと吸い込んでいたような、そもそも吸わないと火が付かないのかも、でも吸い込み過ぎたら火力が上がっちゃうの? と色々考えすぎてしまったが、なんとか着火に成功した。
「ついた…」
達成感でいっぱいになり、思わず火のついたそれを摘まんだ指先を高く掲げ、左のこぶしを強く握った。
「やった。やればできる、わたし」
いや、これで完了ではない。
私は煙草を吸ってみたくて買ったのではないか。
うっすら煙を上げている物体のフィルター部分を唇に当てた。
そして、吸う。
口の中に覚えのあるような、ないような匂いを感じ、また迷う。
きっとこれを肺に送り込むのが正しい作法なのだと思うが、怖い。頭の中に肺がんだのなんだの色々今更な情報が駆け巡る。
どうしよう、やめようか、続けようか。
深呼吸の要領で吸うのだと思うけれど。
でも。
唇にフィルターを当てたまましばし考えたが、勇気が持てずにいると手元が狂い、煙草は地面へぽとりと落ちた。
「わわ、消さなきゃ」
我に返り、たんたんと音をたてながら靴底で吸殻を踏んでいると、背後で「ふっ」と吹き出すのが聞こえた。
「え?」
振り返ってみると、真後ろに三十台前後のひょろりとした男性が立っていた。
「あ…すみません。橋の上から見えていたので、つい」