強力な助っ人たち
『せ、先輩? なんでこんなところに』
驚きに痛みも飛んでいったのか床に手をついて体を起こすと、はっと何か合点した顔をする。
『なんで隠れていたんですか。まさか俺を嵌めるために…』
『まさか。パッキングの手伝いに来ていたけれど、署名が終わるまで気を利かせて静かにしていただけよ』
『いるならいると…。わざとだとしか』
『え? 玄関に私たちの靴ちゃんとあるじゃない。好みが違うし万衣ちゃんよりずっと大きいから気づくかもと思っていたわよ』
大貝の履いてきたのは高いヒールが付いた海外ブランドのミュールだった。
『そんな詭弁…』
『どうでもいいわ。ところで万衣ちゃん、やっぱり契約するよね?』
『…はい。お願いします』
『まて、万衣子。契約って何だよ』
大貝に問われて頷く万衣子の様子に不穏な空気を感じた滝川は慌てて割って入る。
『弁護士契約。うちの親族の経営する事務所、家族関係のもめ事も取り扱っているの』
姉に連れられて万衣子が初めて話を聞きに行った先は大貝さつきの伯父たちの弁護士事務所だった。
『な…。なんだお前、裁判でもするって言うのか』
『するかしないかは、滝川くんたちの出方次第よ。何にしろこれから万衣ちゃんに用がある時は全て弁護士を通してもらうことになるから。ようは直接接触厳禁ね』
『なんで…』
そんななか、玄関のドアが開く。
『希美、万衣ねえ! 無事か!』
弟の哲太がずかずかと入ってきた。
『…よう、元・お義兄さんよう。アンタ、うちの姉に何してくれてんの?』
哲太は童顔で愛嬌のある見た目だが、バレーボール選手だったため縦横とてつもなく大きい。
『何って…。いや、その』
蛇に睨まれた蛙のようにおどおどと首をすくめ瞬きを繰り返す滝川に、哲太は目を大きく見開いて顔を至近距離まで近づけて囁く。
『あんた、明後日盛大に結婚式やるんだってな』
滝川はぱくぱくと口を開けたり締めたりするだけだ。
『あんたのハハ、舞い上がって色々晒してくれてるから俺たちも知ってる』
そして、ぽんぽんと滝川の肩を叩いた。
『まあ、どうぞごご勝手に? 『コンナノハジメテ』とか言う女、俺なら選ばないけどな』
『は?』
『おい、お帰りになるらしいんで、丁重に送ってやってくれないかな』
哲太が玄関へ向かって声をかけると、同じく大柄でちょっといかつい雰囲気の若い男たちがみな、唇の端を片方だけ上げて現れた。
『え、ちょ、ちょっと…、まい…』
助けを求める滝川を男たちが両脇を抱えて運び出す。
『さようなら、お幸せになれると良いですね!』
腹の底から出された大声に、万衣子は思わず耳を抑えた。
『体育会系はこれだから…』
姉も同様だったが、大貝は爆笑し、義妹の希美に至っては両手を握りしめて『てっちゃんステキ…すき』と目を輝かせている。
『うん。ありがとうのんちゃん。俺もスキ』
振り返って見せた顔のとろけぶりはもう別人で。
日下哲太、四児の父、愛妻家。
余談だが勤勉な公務員でもある。