選べない。から、選ぶ。
週の中日の遅い時間だったというのに姉夫婦はすぐに車で迎えに来てくれて、まず万衣子を家の風呂に入れてくれ、上がるとホットレモンを飲ませてくれた。
両手にカップを抱え込んで、万衣子は夫たちから離婚を迫られていることをつっかえながらもなんとか話した。
不倫相手のお腹の中の子はすでに妊娠中期にさしかかっているらしいことと、なぜか夫はその件を隠して話を進めようとしたことを告げると、姉夫婦は顔を見合わせた。
『それって…』
『お姑さんやらかしたわね』
彼らの推測だと、不倫を隠したまま万衣子の至らなさを理由に離婚しようとしていたのに、浮かれた義母がぶち壊しにしたのだろうという事だった。
『慰謝料をケチろうとしたのね。本気浮気あるあるよ』
電源を落としてただの置物になった万衣子のスマホを姉は睨みつけた。
姉の家へ向かう途中で何度も夫からショートメールや電話が鳴り続け、出ない方がいいと義兄に止められたからだ。
翌日、姉と万衣子は仕事を休み知り合いの弁護士を訪ねた。
離婚に関する手続きと、現状確認、揉めた場合にどうなるのかなど説明を受け、万衣子自身はどうしたいか問われて、戸惑った。
『なにも…考えられない』
まさかこんなことになるなんて思わなかった。
なのに、物事は万衣子を置いてどんどん進んでいく。
弁護士先生が並べてくれた選択肢はたくさんある。
法律初心者にわかるように優しく説明してくれたけれど。
これを、今すぐ決めなくてはならないなんて。
『万衣子。かわいそうだと思うけれど、少なくとも子供が生まれるというリミットがあるから、あまり時間はないのよ』
離婚を拒み続ける権利はある。
しかし滝川のモラハラはエスカレートしていくだろうし、義母も参戦するだろう。
それでも滝川万衣子であり続けることに意義はあるのか。
何をされてもそばにいたいくらい、滝川の事が好きなのか?
姉に諭され目を深く閉じた。
三年間。
子作りのことで躓いたけれど、その話題に触れない時は仲の良い友達のような同居人のような関係だった。
楽しい思い出もある。
だけど、この数か月は。
『家にいない方が…楽だったな』
頭のなかがどんどん黒く塗りつぶされていくようなことばかりが続くというならば。
『うん。離婚を受け入れます』
万衣子は、頷いた。
そこから先は目まぐるしい毎日だった。
親へ連絡したところ、なんと実家へ逃げ込んだと思い込んだ義母や夫からとんでもない電話がかかってきて、受けた母と壮大なバトルになったことを知り、万衣子は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『迷惑をかけて…ごめんなさい』
恋愛に疎い万衣子はいつまでも独身でいて。
ようやく結婚したかと思えばそれも躓き、家族に嫌な思いもさせてしまった。
出戻りとか。
近所の人たちの噂になるだろうし。
家族の重荷になってしまった。
しかし同席していた弟夫婦も憤慨していてみんなが万衣子は悪くないと慰めてくれた。
『謝るな、万衣ねえちゃん。あそこはめったにないクズでアタオカだ。あんなのと関わり続けて良いことなんてなんもない。縁が切れるだけ運が良かったんだよ』
『そうですよ、万衣子さん。あんな家族を介護させられたら地獄ですよ。今のうちに逃げるが勝ちです』
幼い甥っ子姪っ子たちは大人の話しが全く分からないまま、『まいちゃんすきすき、だいすきよ』と口々に言って全員ぎゅっと抱き着いてくれた。
心強い。
おかげで、一つずつ。
万衣子は前に進むために選び続けた。
そしてようやく。
離婚届を出す日になった。