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もういいです




「なんだか、すっきりした」


 顔を洗い、手ぬぐいを巻き付けた保冷剤を目元に当てるとひんやりと気持ち良い。


「まあねえ。家でひとりの時も泣いたことなかったんだろうなあと思っていたから。良かったわよ」


 姉がそこまで自分のことを考えていてくれたとは思わなかった。

 いつも、大変な時には姉がいてくれたことを思い出す。


「そういや、あの日もおねえちゃんいてくれて助かったよ」


 あの日。

 そういうだけで姉はすぐに頷いた。


「そうよ。でも、あれはさつきちゃんからの女の勘? に助けられたのよ」


 さつきとは万衣子と滝川が再会し結婚するきっかけとなった披露宴の花嫁で、姉とも親しい。


「きっかけはまた、大貝先輩だったんだね…」


 あの日は、離婚届に署名してもらう日。


「ああ、説明するとね。この子の離婚は持ち掛けられてからあっという間に進んで、万衣子の引越予定日の前日にあのカスが赴任先からのこのこ戻ってきたの」




 新婚の時は新築で綺麗だった部屋には段ボールがあちこちに積まれていて、雑然としていた。

 そんななか、テーブルの上だけ綺麗に何もなく。

 離婚届とペンが存在を主張していた。


『俺、これから物入りだし。万衣子は勤続年数長くて稼ぎが良いんだから、本当なら俺が金を貰うべきなんだよ』


 夫婦共同財産とかなんとか。

 得意気に滝川は喋る。

 ついでに、やたらと万衣子を貶めて、ひとりで面白いことを言ったつもりになって笑っていた。


 こんな人だったんだな。

 こんな顔だったっけな。


 同級生だったころには見えなかった色々を。

 今、たくさん見せられている。

 そんなにつまらない女だと思うなら、なんで結婚した。


 ああ。

 つまらない女だと思ったから、

 金をかける必要のない女だと思ったから。

 結婚式も新婚旅行も省いたのか。

 主役になるのが苦手なのだと思っていた。

 そういうところが合うなと思っていたけれど。

 違ったんだな。

 驚くことに。


 明後日にはお腹が目立ってきた恋人とチャペルで結婚式を挙げるらしく、すでに前撮りの写真を撮っていて。

 それを知ったのは義母が『若くて美人で最高にステキなお嫁ちゃん♡』とSNSに上げていたからで。


 もうどこから突っ込んでいいのかわからない。





 滝沢は単身赴任してわりとすぐに様子がおかしくなっていった。


 最初は朝晩と昼休みに入っていた連絡は他愛のない会話ばかりだったのに、それもあっという間になくなり事務的なものへとなり、だんだん間遠になっていく。

 週末には戻っていたのは一度だけ。

 すぐに二週間に一度、そして一か月に一度と頻度が減っていき、自宅に泊まる時は冷ややかな口調で万衣子の欠点をあげつらい、作った料理を箸で突っつきまわして汚すだけで苛立ちもあらわに席を立つ。


 モラハラ。


 ネットで箇条書きされている内容に、滝川の言動はどんどん一致していく。


 もはや帰ってきてくれない方が心身ともに平和だと思うようになっていた矢先、連絡もなく突然帰って来た滝川は『お前との結婚生活に堪えられない。離婚だ』と吐き捨てた。


 陰気でグズでブスで。

 先輩にアマリモノを押し付けられた俺はいい迷惑だ。

 家に帰ると鬱になって仕事が出来なくなるとまで言われた。


 どうしてこんなことまで言われないとならないのだろう。


 万衣子は黙って背を向けて家を出て、コーヒーショップでしばらく考えて。

 義母に電話をかけてみた。


 すると『三年経っても子どもを産まないウマズメは家に帰されるのが当たり前』と返され、そこで初めて滝川が仕事で知り合った女性と深い仲になっただけでなく子供が出来たことが分かった。

 そして。

 彼の実家はこの不倫関係を歓迎し、早く離婚してくれればこれまでの無駄な時間に対する慰謝料はとらないでやるとまで言われた。

 別に家長制度のある古い家でもなんでもない。

 普通のサラリーマン家庭で、普通のマンションに住んでいる、万衣子の実家と似た価値観の家と思っていた。


 こんなのだったのかな。

 こんな、凄いこという人だったのか。


 機械的に相槌を打つのも気に入らなかったらしく、最後には子どもが産めないのを隠して結婚するなんて詐欺で訴えたいとまで言い出し、姉夫婦にも子供がいないことをあげつらい日下家の遺伝子に問題があるのではとまで暴言を吐かれたところで、さすがの万衣子も切れた。


『わかりました。もういいです』



 万衣子は。

 ようやく姉に連絡を取った。





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