ちょうちょうはっし
「だからさあ。よりを戻したくなったんじゃないのって前から言ってるじゃん」
テーブルの皿を片付けながら首をひねる万衣子に、姉は何度目かわからないため息をついた。
「まーさーかーあ。離婚して半年以上経ったんだよ? 赤ちゃんももう生まれたんじゃないの?」
「うん、だからじゃないの」
「…あの」
「うん?」
姉妹で同時に声の主へ顔を向ける。
「おでん、ごちそうさまでした。あの、そろそろお暇しましょうか? 俺、日下先輩の事情知らないので」
腰を浮かしかけている梅本の肩を姉は無造作につかんで「いや、ちがうから」と座らせ、くるりと万衣子に鋭い視線を放った。
「ちょっと万衣子? あんた、家に上げる仲なのに、なんも説明してないの?」
お叱りモードの気配に少しひるんだが、顎に手を当てしばし記憶を巡らせる。
「ああ…。そういやそうだった。説明がめんどくさいなあと思ってそのままにしていたんだったけど…。いや、もったいぶっていたのかな。なんだろう。そのうちもう全部知られているつもりでいたような?」
だって、春に河原で再会して気が付いたらもうおでんの季節なのだ。
のんびりとした物言いの万衣子に、姉は片頬をひくつかせた。
「あんたねえ…」
「ほら、異性にはちょっとアレでセンシティブな部分があったから…ね?」
「センシティブもクソもアレがあんたの身辺嗅ぎまわり始めた時点でもうどうでもいいでしょ。旦那が弁護士に連絡したし…って、そういや電話! そもそもあんたが電話に出ないから、私ここに来たんじゃない!」
「すべてを平らげて、それを言うの、おねえちゃん…」
テーブルとシンクには姉が食い尽くした跡がまだ生々しく残っている。
大人げない妹の指摘に明菜はブチ切れた。
「ああもう、私はすっごくお腹が空いていたの! あんたを心配して、すっごくカロリー消費したの!」
美人が怒ると本当に迫力あるなと感心しつつ、有難いと心から思う。
「ええと、ありがとう、おねえちゃん」
もしもの時のために姉に合鍵を預け、先ほども彼女はそれを使った。
玄関のたたきに男物の靴があったのを見た時、どれほど驚いたことだろう。
最悪の場面を想像しながら傘を構えて突入してくれた姉の勇気を今更ながら思い、首を垂れた。
「そう思うなら、コーヒーとケーキ出して!」
「よく冷凍庫のケーキの事覚えていたね」
つい先日、姉妹でお取り寄せして分け合ったケーキたちが冷凍庫の中で出番を今か今かと待っていた。
「まいこ~」
「うんうん、ごめん。梅本君、時間大丈夫かな。ほうれんそう的な話、聞いてほしいんだけど」
「はい。あ、俺がコーヒーやります」
梅本が立ち上がり冷蔵庫の浄水ポットを取り出す様子に、テーブルに肘をついた姉はぼそりと言う。
「…ねえ、あんたたちさあ」
「つきあっていません」
またもやハモってしまった。