肉は手羽元、芋はジャガイモ派
「最近、芋はジャガイモ派なのね万衣子。この間もそうだった」
「うん。なんとなく? あ。ジャガイモの方が出汁が濁らないからかも」
おそらく料理上手ならば濁らせたりはしないのだろうが、万衣子の場合は里芋を使うと出汁が少し白濁していく。
煮込んでいくうちに里芋がじんわりと溶けだして甘みととろみがつくのもまた美味しいものではあるが。
「作った本人がわかんないってどうなのよ」
小さなテーブルで大のおとなが三人、おでんと白米と豆腐とほうれん草の味噌汁ともずく酢をぎりぎり載せて食している状況に、なんだかシュールだなと万衣子は思った。
そして食べる速度を緩めることなくテニスのラリーのようにカンカンと繰り広げられる姉妹のやかましい会話のさなか、まるで自分は家族ですという風でもくもくと箸を進める梅本も、あまりにも溶け込み過ぎていて本当に。
「日下家は里芋派なんですか?」
「うん。そう。母方の実家が九州だからね」
「人参や牛蒡が入っているのも?」
「いや、それは万衣子のオリジナル。そもそも干し椎茸まで入っているとかこれもはやおでんじゃなくて具雑煮でしょって」
「いやいや、そこまで具はないじゃん」
「具雑煮?」
「ああ、長崎の島原の、お雑煮って言った方がわかり易いかな。丸餅、白菜、人参、牛蒡、里芋、大根、春菊、鶏肉、干し椎茸に高野豆腐、かまぼこあたりかな。とにかくそれだけで栄養とれちゃう具沢山の汁物なの。祖母のルーツがそこでね」
「ああ、なるほど。それで肉は手羽元なんだ」
今日のおでんの中身は手羽元、ごぼう天、大根、人参、牛蒡、ジャガイモ、ゆで卵、こんにゃく、昆布、干し椎茸だ。
鍋の蓋もぎりぎり載るかという状態だったのに、三人であっという間に平らげてしまい、もう残り少ない。
「うーん。手羽元のほうが手に入りやすいのもあるけど、あっさりめの出汁の方が確かに好きかも」
そして、翌日には残りの具材に味噌を溶いて煮込みうどんで食すのが最近の万衣子のお気に入りだ。
「そうそう。そのおばあちゃんなんだけどさ。万衣子」
「は?」
「あのクソ、おばあちゃんに電話してあんたの新居聞き出したらしいよ」
「あのクソ? すみません。どなたのことでしょうか」
「だから、あんたの元旦那」
「ええっ?」
「伯父さんが気付いた時にはもう遅くてさ。履歴みたら昼間に一時間半くらい話し相手になって最後に万衣子の荷物が紛れ込んでいたので~とか言って」
「ああ~」
「おばあちゃん、すっかり手懐けられて『良い人』認定よ、あのクソを」
「あああ~。あるある~」
離婚の経緯を母が伝えていたはずだが、祖母は高齢ゆえに最近判断能力が落ちている。
「そうきたかぁ。というか、あの人なんでそんなことやってるんだろう」
祖母の電話はとても長い。
娘である母ですら気合を入れて挑むくらいで、それを元夫はよく知っている。
なんせ三年以上夫婦であったのだから。