デビュー?
「それで。どれにするかい?」
胸がどきどきと早鐘を打ち、手のひらはじっとりと汗をかく。
目の前にずらりと並ぶのはカラフルな煙草のパッケージで、子どもの頃に見た銘柄から学生の時に友人たちが手にしていた物、そして初めて見る海外のブランドだけでなく、なんと葉巻まである。
あまりにも選択肢が多すぎて、どうすればいいかわからない。
「なら…、ええとその一番上の…」
散々迷ってとうとう、古い洋画で見たことのある葉巻を指さすと、眼光鋭くちんまりとした店番のおばあさんが首を振った。
「あんた、葉巻なんかやったことないだろう。やめときな」
見透かされている。
精米してもらったばかりの二キロの米の入った袋を手に下げた万衣子は、へにゃりと情けない顔で愛想笑いをした。
「なら、こちらにします」
子どもの頃連れて行かれた法事の席で叔父がすぱすぱと途切れなく吸い、灰皿を針山のようにしていた銘柄を思い出す。値段を見ると他より安くお手頃感を感じた。
「…あんたねえ。いきなりこんな重いの無理に決まってんだろう。ああもう、あんたはこれにしときな」
陳列棚の中から細長い箱を取り出して万衣子の前に置く。
「あ、ありがとうございます…」
ふわりと薄荷のような香りを感じた。
そういえば、大学の頃にクールビューティで有名だった先輩が物憂げに吸っていたのは、こういった類だったような気がする。細くて綺麗な指に添わせた長い煙草と白い煙が美しく神秘的で、彼女にはそれもアクセサリーの一つだったのかもしれない。
顎に当てていた手を外し、きりっと背筋を伸ばして眼鏡のフレームを上げた。
「これ、買います」
万衣子は三十三歳にして煙草デビューした。