9話︰非日常
今日は男女比が変わった世界で初めてのデートの日。
相手は一目惚れした年上の女性ということもあって、普段よりも大人っぽく見せる為、スプリングコート姿で行く。
背筋を伸ばし、部屋の姿鏡見でおかしなところがないか確認する。
「よしっ!」
いつもと変わらない自分に気合いを入れると足取り軽やかに玄関へと向かう。
待ち合わせ場所は家の近くにある公園。
当初、待ち合わせ場所をどこにするか、やり取りしたがすずさんが頑なに俺の安全を考慮して、妥協した結果、家の近くの公園になった。
そこまで言うならもう自宅の場所を教えて、直接来てくれてもよかったのだが、男性が住む家に行くのはそれなりに問題が起こる可能性があるからと断られたのだ。
どうやら俺が考えるより、この世界は複雑になっているみたい。
冬の終わりも見えてきた陽気の中、柔らかい日差しを受けて、幼き日に通い慣れた公園に向かうと木々が見えてくる。
春の訪れを感じさせるように、枝には冬芽がチラホラと覗かせるが公園沿いの道に、自然とは真逆の真っ赤なスーパーカーが駐車していた。
イタリア製、有名メーカー車。官能的なエンジン音は多くの者を虜にし、庶民には手が出せない価格に憧れが高まる。
何処のお金持ちだろうかと視線を向ければ、カチャッ!とドアが開き、中から今日の待ち合わせ人が出てくる。
「智也君、お待たせ!」
俺は待たせるのが嫌いなので相手を待つつもりで30分前に来たのだが……。
「いや、全く待ってないですよ」
車から降りた、すずさんはこちらへと歩き寄ってくるがスーパーカーと相成って、レッドカーペットの上を歩く大女優のような雰囲気を纏っていた。
「ちょっと、時間より早いけど乗って」
差し出された言葉に一瞬だけ戸惑う。
というのも今日のすずさんは昨日と違い、出来る女性感が強過ぎるのだ。
初デートで、しかも年上の女性。普通なら多少の遠慮や照れがあってもおかしくないのに、すずさんは最初から主導権を握ることを当然としている。
こういうのは嫌いでも嫌でもないが、女性にリードされる状況に耐性がない俺は勧められるままに車へと乗る。
「……じゃあ、失礼します」
助手席側に回り込むと、すずさんが淑女としてドアを開けてくれる。
「車高が低いから頭打たないようにね」
小さく頷くと低い位置にあるシートにお尻から座り、ゆっくりと足を中に入れる。
「智也君、ひょっとしてスーパーカーに乗ったことあるの?」
「いえ、ないですけど憧れていたので乗り方は知ってます」
俺の言葉を聞いた、すずさんが笑みを浮かべながら小さくガッツポーズするのを俺は見逃さなかった。
車内は高級革張りの感触と、ほのかに香る甘い香水。
すずさんがドアを閉めた瞬間、外の世界と切り離されたような感覚に包まれた。
無数にあるボタンがコックピットのようで男心をくすぐる。
「緊張してる?」
「最初は緊張してましたけど、今は興奮してます!」
エンジンをかけながら、すずさんが横目でこちらを見る。
「い、いえ、スーパーカーは憧れだったので……」
「ふふ、可愛いこと言うのね」
その一言で、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
“可愛い”――この世界では、それは褒め言葉ではあるが俺にとっては違和感しかない言葉。
官能的なエンジン音と共に、車は市街地を走り抜ける。
公園の木々が後方へ流れていき、見慣れた街並みが一気に遠くなる。
「予定より少し早いし、時間に余裕があるからよかったら高速道路にでも乗ってみる?」
「いいんですか!お願いします!」
すずさんがハンドルを握ったまま、笑顔で呟く。
「男の子なのに車が好きなのね、あっバイクもか……」
「……やっぱり、変ですかね?」
昨日、この世界が変わっていることを知ってから色々と調べたが、変わったのは男女比だけでないことがわかった。
主にそれは考え方だ。貞操観念が逆転していると言った方が正直正しいくらい、男女の考えは入れ違っている。
「全然、変じゃないわ!」
すずは智也の趣味を否定したように捉えられたかもと少しだけ焦ったように言った。
信号で車が止まる。
真剣にハンドルを握る横顔は大人の女性そのもので引き込まれそうになる。
「年上の女が若い男の子と出掛けるのって、智也君が想像する以上に勇気と覚悟がいるのよ」
そう言って、こちらを見る目は真剣だった。
「だから今日は私がちゃんとエスコートする。
――それでいい?」
一瞬、答えに迷う。
世界が変わったことで守られる側に立つことへの抵抗感と、それでもすずさんと一緒にいたい気持ち。
「……お願いします」
そう言うと、すずさんは満足そうに微笑んだ。
「よろしい」
信号が青に変わり、車は再び走り出す。
知った街並みからインターへと進入するとスーパーカーは軽やかに加速した。
高く唸るエンジン音が胸を震わせ、振動がシートを通して体に伝わる。
俺は爆発的な加速に思わず笑みをこぼす。
「すごい……!」
「でしょ? これは普通の車じゃ味わえない感覚よ」
すずさんの態度は落ち着いているのに、アクセルを踏むたびに車全体が官能的に唸る。
「少しだけ窓開けても良いですか?」
「いいわよ」
窓の隙間から吹く風が頬を撫で、外の景色は後ろへ流れるように過ぎていく。
速度が違うだけでただの景色がまるで映画のワンシーンのように変わる気がする。
「智也君、車は運転したことある?」
「はい! でも、こんな感覚初めてです!」
車内に二人だけの世界が広がる。
俺の心臓は高鳴り、スピードとエンジン音に包まれた非日常感がこれまでの自分を遠くに置いていく。
「ちょっと、ハンドル握ってみる?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん、でも急にハンドルを切らないでね」
俺は慎重にハンドルを握る。ハンドルから伝わる振動がより車との一体感を高める。
すずさんは隣で微笑み、アクセルを踏みながらも手は決して離さない。
スーパーカーの唸りと風の音だけが耳に残り、言葉よりも感覚が支配する時間が過ぎた。
やがて都市を抜け、高速道路を下りる。
「どうだった?」
「最高でした!」
二人の胸の奥には、ただのドライブ以上の思い出が出来ていた。
「ランチ、予約してあるの」
「えっ、そうなんですか?」
すずさんは笑顔で車を停め、助手席の智也に目配せする。
街路樹を眺めながらスーパーカーを降りると、春の柔らかい日差しが二人を包む。
「今日は、私が全部エスコートするからって言ったでしょ」
「そうでしたね、お願いしても良いですか?」
「任せといて!」
俺の中での抵抗感が薄れていく。
その一言で、すずさんの満足そうな笑みが広がり、二人は手をつないだわけでもないのに、確かな距離感と親密さを感じながら、ランチへ向けて歩き出した。
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