7話︰出汁足ら〜ず
着替えを済ませ、階段を降りるとリビングから楽しげな声が聞こえてくる。
「智貴さん、私達結婚するんですからもっと気軽に香菜って呼んで」
「そ、そうだな。か、香菜……」
「はい!智貴さん」
リビングのドアの隙間からピンクの靄が出てて、入り辛いんですけど……。
もうリビングの床とかソファーとか砂糖で埋め尽くされて、ジャリジャリしているじゃないだろうか……。
「それにしても智也の奴、遅いな」
「ひょっとして私の事、警戒しているのかしら」
おっと、いけない。このままでは継母の第一印象が悪くなってしまうと思い、意を決してリビングへと踏み込む。
普通、男性が女性を警戒するのはこの世界では当たり前ということを智也はまだ理解していなかった。
「お待たせしました」
ゆっくりとドアを開けると継母になる予定の相沢さんがソファーから立ち上がり、姿勢を正す。
前情報が親父の勤める会社の後輩で年齢は二十代後半、後は車好きということしか分かっていないので緊張もひとしおだ。
入室すると親父と相沢さんが隣合っているので俺はテーブルを挟んで対面に立つ。
「は、初めまして!と、智也君!相沢香菜と申します!」
「は、初めまして、智貴の息子の智也です。そのなんて呼んだら良いですかね?」
今日は似たようなやり取りをよくするなとデジャヴを感じる。
「え、え〜と、そのじゃあ……」
「2人ともまずは座ろうか」
親父のひと言で座ると改めて、親父の再婚相手を見る。
相沢さんはナチュラルボブの大人かっこいいヘアスタイルでメイクは控えめだが如何にもアクティブな印象を受ける美人だ。
こんなかっこよくて、綺麗な人が母親になるのかと思うと実感が湧かない。
俺がまじまじと見つめているのとは対照的に相沢さんはチラッチラッと俺を見ている。
男性によっては目が合っただけで嫌悪感を示す者もいるのでこんな対応になっていることを後に知る。
「智也、香菜のことを俺から紹介させてもらうな」
急に侠気を出してきた親父にやっといつもの『らしさ』が戻ったなと感じた。
「香菜とは仕事でよくフォローし合っていてな。趣味も一緒とあって、よく意気投合していたんだ」
「智貴さんにはいつもお世話になっておりまして、優しくて頼り甲斐があるところに惹かれて、す、好きなりました!」
「俺も香菜のひたむきで素直なところに惹かれて、再婚することを決めた」
あれ?さっきは押しに押されて断り切れなかったって、言ってなかったっけ?
まあ、俺も18歳となって成人して、分別のある大人なのでわざわざ突っ込んだりしないが……。
「……その……智也君さえ良ければ、私のことはお、お母さんと呼んで下さい!」
相沢さんはそう言うと深々と頭を下げた。
「智也」
頭のつむじまで綺麗だなと見ていただけなのだが親父は俺が躊躇していると思ったのか名前を呼んで急かしてくる。
「こちらこそ、親父をお願いします。母さん」
俺の返事でガバっと顔を上げた相沢さん改め、母さんは滝のような涙を流していた。
隣に座る親父は一安心したのは柔らかな笑顔を浮かべていた。
「智也、まだ色々と話し合いたいし、ちょうど良い時間だから香菜も一緒に夕飯に誘ってもいいか?」
これから家族3人で過ごすことになるので異論はない。
「母さんさえ、良ければ俺は問題ないよ」
「是非!お願いします!」
「母さん、俺達は家族になるんだから敬語はちょっと……」
俺の言葉でハッとした顔をすると再び大粒の涙を流しながら笑顔で答えてくれた。
「うん!智也君、よろしくね!」
俺達の微笑ましい様子を見て、親父はまとめに入る。
「よし!今日は智也の当番だから夕飯は任せたぞ!」
母さんは夕飯を作るなら自分がと言いたそうだが正式に入籍もしていなければ、まだ他人の家で勝手をするのは戸惑われるといった雰囲気を出していたので率先して行う。
「はいよー!」
返事をしながら冷蔵庫の中を見れば、用意していたはずの出汁が少なかった。
この量では予定していたうどんが作れない。仕方ないのでメニューを変更する。
「親父、母さん、今日のメニュー親子丼にしてもいいか?」
「ああ、任せる」
「お、おお、親子丼っ!?智貴さんと智也君と親子丼!?」
どうも母さんの様子が可怪しいのだがひょっとしたら親子丼は好きではないのだろうか……。
「母さん、親子丼は嫌だった?」
「と、とんでもない!大好物です!むしろ夢です!」
並々ならぬ熱意を感じるので問題なさそうと判断して、俺は親父丼に取り掛かるのであった。
親子丼おいしいですよね。
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