第13話:あの日の……
澪の手が、軽く私の腕に触れる。
その指先には、挑戦の意味が込められているように感じられる。
私は思わず後ずさる。
だが、そこで踏ん張る自分を意識した。
――ここでひるんだら、智也も、私も、全部が揺らぐ。
深く息を吸い、視線を上げる。
澪の瞳と正面から向き合う。
背中を丸めず、肩の力も少しずつ解く。
私なりの静かな意思表示だ。
「……澪。ちょっと、話を聞いてほしい」
声を震わせないように気をつけながら、言葉を選ぶ。
「何?」
澪は一瞬だけ眉をひそめるが、そのまま静かに私を見つめている。
――譲れない覚悟を持った年下の瞳の奥に、ほんのわずかな揺らぎが見えた気がした。
「別にあの女を放置してる訳じゃないわ」
「……」
澪の疑いの視線。
「智也のこと、誤解させてしまったかもしれない。でも、私が全部決めることじゃない。彼の意思もある」
智也の意思が私の為に、支える為に頑張ってくれてることは言わない。
彼女に伝えれば、反発するし傷つけることになる。
澪の手を優しく払うのではなく、その前で静かに立ち、空間を支配するように身を構える。
少しの沈黙の後、澪の息が少し荒くなる。
けれど、私の視線を逸らさない。
「……わかった。でも、放っておけないのは変わらないわよ」
低く、柔らかい声で澪は言う。
威圧はあるが、少しだけ歩み寄った響きがある。
私はそれを受け、胸の中で少しほっとする。
――完全に主導権を握られたままじゃない。
私にも、私なりの戦い方がある。
ふっと肩の力を抜き、軽く微笑む。
澪の表情に少しだけ驚きが混ざる。
――私の強さも、簡単には崩せない、と伝わっただろうか。
「智也のことも、私たちの関係も、ちゃんと自分で守るから。だから、少しだけ信じてほしい」
言葉を投げるように、けれど静かに。
澪は黙って私を見つめたまま、少しだけ首を傾げる。
――勝ったわけじゃない。ただ、私もここに立っている。
夜の街灯が、私たち二人の間に静かに影を落とす。
智也をめぐる戦いは、まだこれからだ。
けれど、この瞬間だけは、私の意思を伝えられた――それだけで、少し胸が軽くなるのを感じた。
澪の視線が、私の胸元から目線を細かく上下に走る。
――わざと挑発しているのだろうか。
私の動揺を探るように。
「……本当に、放っておけるの?」
低く、少し笑みを含ませた声。
挑戦的で、けれど柔らかい。
私は一歩前に踏み出し、微かに距離を詰める。
背筋を伸ばし、視線をそらさない。
――この駆け引き、簡単には負けられない。
「何もせず放っておくつもりはないわ。でも、智也の意思も尊重する」
言葉に力を込める。
すると澪は、わずかに唇を噛んだ。
その表情は、不満と苛立ち、そしてわずかな警戒心が混ざっている。
「……なるほど、そう来るのね」
ゆっくりと首を振る澪。
その動作だけで、私に対する不服と好奇心の両方を伝えてくる。
「私は私のやり方で智也もその意思も守るわ」
背筋をまっすぐにして、言葉をさらに重ねた。
澪は軽く笑いながらも、目を細めて私を睨む。
「……面白いわね、社長」
低い声。けれどその笑みは、挑発の意味を含んでいる。
――私を揺さぶろうとしているのが手に取るようにわかる。
私は一瞬、息を整える。
――負けたくない。智也のためにも、私自身のためにも。
「面白い、じゃなくて私は真剣よ」
言葉を強めると、澪の表情がわずかに変わる。
微かな警戒と、理解の混ざった目。
「……何よ、私と同じくらい、強いわね」
笑みを浮かべつつも、瞳の奥の火花は消えない。
――そう、智也をめぐる戦いは、あの時からまだ続いている。
夜の街灯の下で、私と澪の間に張りつめた空気が漂う。
屋上で認め合った、あの日と同じ感覚。
今日は確認。
互いの存在を意識しながら、互いの心を試し合う。
彼女は変わらぬ情熱と覚悟を。
私は信頼と安心を。
そして私は静かに、だけど確かな意思を胸に刻みなおす。
――智也を守る。自分のやり方で。
そう決めたはずなのに。
どうしてか――
澪の言葉の方が、正しい気がしてしまった。
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