14話︰立花 すず デート後
タワマンの地下駐車場で車を降りて、エレベーターに乗り自室がある階層に着くと扉は静かに開く。
余韻に浸る私は部屋の鍵がカードキーで解除された音が思ったよりも大きく響いて、思わず手を止めた。
誰に聞かれるわけでもないのに、心臓の音まで外に漏れてしまいそうで。
玄関の扉を閉めた瞬間、ようやく一人になったはずなのに、彼の気配だけがまだジャケットの内側に残っている気がした。
ふと肩の力を抜くと、今日一日のことが次々と頭をよぎった。
公園での穏やかな出会い――スーパーカーを見た時のあの少年のような智也君の表情。
ランチでの緊張と覚悟――智也君の事が少し分かった。
アウトドアショップでは、智也君は子どものようだった。
手に取ったギアをこれがどうであれがどうでと少し早口で説明する。
「流石、詳しいのね」と言うと「いえ、有名キャンパーがネットでオススメしているのを見ただけです」と照れたように笑う。
その笑顔があまりに無防備で私は一瞬、どんな言葉を返すのが正解なのか分からなくなった。
夕暮れの景色――お互いの上着を交換して、心の距離が縮まった。
そして、レストランでの一瞬一瞬――指先の微妙な震えや、フォークの持ち方のぎこちなさに、智也君は気づいていないだろうけれど、私にとっては小さな印象深い瞬間だった。
智也君は終始、緊張しながらも真剣に楽しんでくれた。
それが嬉しくて、でも少しだけ心が重くなる。
大人として計算して振る舞う私と、純粋に楽しむ智也君――その距離をどう縮めるべきか、まだ探っている最中だった。
リビングに座り、今日の出来事を頭の中で整理する。
智也君に「特別な夜にしたくて」と言った言葉は本心でもあり、演出でもある。
あの言葉は、半分は準備していたものだった。
でも、残りの半分は智也君の目を見た瞬間に勝手に口をついて出た。
演出だと割り切れたら、どれだけ楽だっただろう。
今、冷静に思い出せば、顔から火が出そうなほど、恥ずかしいセリフだが智也君の反応から効果は抜群だったと思う。
とりあえず、参考にさせてもらった男性評論家はブックマークしておく。
彼の胸に残る記憶の中で、私がどれだけ自然に、でも少し大人っぽく見えたか――それが気になって仕方なかった。
けれど、フォークの持ち方の小さなぎこちなさや、手の動きの微妙な不自然さ――あれは隠し切れないほど、私の心臓もまた高鳴っていた証拠。
自分の計算だけではなく、智也君の存在が思った以上に意識されていることに、少し戸惑いながらも喜びを感じる。
ベッドに腰掛け、カーテンの隙間から夜の街を眺める。
今日一日、私と智也君が過ごした時間は短かったけど、確かな何かを生んだ――そんな感覚が心の奥に静かに確実に芽生えていた。
そして、スマホに手を伸ばす。
小さなメッセージを送るかどうか迷いながらも、指先に意識を集中させる。
彼の反応を想像すると、自然と笑みが浮かぶ。
「やっぱり、今日は止めておこう」
今日のデートは、私にとっても特別な一日だった。
智也君と二人だけの時間を過ごす喜びと、まだ知らない彼との距離感の可能性を感じながら、夜は静かに更けていく。
「ともきゅーん!好き!」
ベッドで枕を智也君に見立て、ゴロゴロしていたら、いつしか私は寝落ちしていた。
翌朝、スマホが震えた。
着信音から智也君からのメッセージだと瞬時に解る。
智也︰おはようございます。昨日は本当にありがとう!すごく楽しかったです!
指先が自然と緩む。
智也君は真っ直ぐで、少しぎこちなさを残しながらも、誠実に気持ちを伝えてくれる。
それだけで、私の胸に小さな安堵が広がる。
すぐに返信を打つ。
すず︰おはよう、智也君。こちらこそ楽しかったわ。今日も一日、頑張ってね!
送信ボタンを押すと、心がふっと軽くなる。
智也君が喜んでくれる姿を想像すると、自然と笑みがこぼれる。
でも同時に、次に会うときのことも考えてしまう。
あの微妙な緊張の瞬間――フォークの持ち方や手の震え……。
あれは智也君だけが見せた“自然な彼”の一部。
その姿をもっと知りたいし、次はもう少しリラックスさせてあげたい。
カレンダーを開き、今週の仕事の予定をざっと頭の中で確認する。
頑張れば、1日くらい空けられるはずだ。いや、必ず空けてみせる!
そして、どこか落ち着ける場所で、もう少し長く一緒に過ごせる時間……そう考えるだけで、胸が少し高鳴る。
ベッドに背もたれをつけて座り、スマホを手元に置く。
昨日一日の余韻と智也君の誠実さを胸に次のデートの計画を頭の中で静かに描く。
この関係はまだ始まったばかり。
でも、昨日のデートで生まれた小さな信頼と温かさを大事に育てていきたい。
そう思いながら、私は朝の静寂の中で再び微笑む。
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